11,お忍びにて


 森の中に暮らして十余年。

 たまに街に来ることはあるが、いつも村の入り口で用は終える。

 寄り道することなく納品が終わると、さっさと森の奥に帰っていたのだ。

 だってそうしないと日が落ちて帰り道が危なくなるし、一人で宿に泊る勇気もない。


 だから娯楽は趣味の占いかハーブ弄りに料理くらいだった。

 なのでこんなにカラフルな世界に、生まれて初めて触れたのだ。


「すごい……」

「気に入ってくれた?」


 何かのお祭りなのか、それともこれがいつもの街?

 沢山の風車があちこちに飾られており、風を受けて気持ちよさそうに回っている。


 建物の壁一つにしても意匠の凝った細工が施されており、城からわずか数分しか歩いていないというのに 異国の地へ来た気分だ。


「私、今まで下ばっかり見ていました。こんなに街が素敵だなんて、知りもしなかった……」

「ここはパランローズの都心だからね、観光客も多いから外装にはより一層力を入れているんだ」


 今更ながらもったいない時間を過ごしていたのではないかと後悔が押し寄せる。                 

 上を向いて歩いていると、手を引かれた。


「メグ、危ないよ」

「あ、すいません!」


 王子殿下が私の手を引っ張ったのだ。

 数秒差で馬車が横を通り過ぎる。危ない、もう少しで轢かれるところだった。


「物珍しいのは分かるけど気をつけなきゃ」

「返す言葉もございません……」


 羞恥で地面に埋まりたい。これじゃお上りさん丸出しじゃないか!


 改めて気を引き締めようと顔を上げると、手から消えない温もりに気が付いた。


「皇子で「ダーメ」」


 私の唇にその少し乾燥した指先が触れた。

 思わず言葉が逆流してむせそうになる。


「ここでいつものように呼ぶと僕の正体がバレて厄介なことになる。

 今日はカルロと呼ぶんだ」

「ですが、」

「ここでバレたらジェイランに怒られるよ。

 まあどうせ怒られるだろうけど、それなら楽しんでから怒られようよ」

「 怒られることはもう決定なんですね……」


 ジェイランさんが黒いオーラを纏って城門の前で待ち構えているのが安易に想像できた。

 

「メグも城に来て数週間経つけど、殆ど外出しなかっただろう?

 雇用主の僕が過度にプレッシャーをかけていたんじゃないかって思っていたんだ」

「いいえ、プレッシャーだなんてとんでもありません!

  何より外に出ないのは私の意思です。 私が水晶を早く元に戻したいから、ただ引きこもってるだけで……」

「その責務を抱え込ませているのは僕だよ」


 私が落ち込んでいたのを見計らって、街に連れ出してくれたのかな。

 ギュっと握られた手が熱い。そこから伝わってくる熱に全身が浮かされて、顔まで熱くなる。


「数日間水晶のことは休もうよ。手始めに今日は一緒に息抜きをしよう!」

「よろしいのですか……?」

「人間何処かでガスを抜かないと、やっていけないよ」


 また優しく力強い力で手を引かれる。

 街の隙間から吹いた風が私の黒髪を遊ばせた。


 なんの役にも立てていない私に、皇子殿下はなぜこんなに優しく接してくださるのだろうか。

 胸がキュッと締め付けられて、なんだか切なくなる。


「あ、見て! あの店なんてどうかな? 最近できたハーブのお店らしいんだけど」

「めっちゃストライクゾーンに入りました」

「だと思った。 行こう!」

「でも……カ、カルロ様にはつまらないかも……」


 私よりも自由時間が少ないのだから、皇子殿下の行きたいところに行った方が良いんじゃ無いだろうか。

 そう伝えようと横を見上げると、何故か皇子殿下は右手で口元を覆っていた。


「どうかなさいましたか?」

「い、いや……なんでもないよ。僕もハーブに興味がある、入ろう」

「え、え?」


 明らかになんかあっただろうに。もしかして急に体調が悪くなったとかじゃないだろうか?


 だというのに皇子殿下は私に心配の言葉をかけさせる暇も無く、背中を押して店の中に押し込んだのだった。




「いましたジェイラン様、カルロ皇子です」

「いたな」


 何をやっているんだ、あの人は。


 はたからみれは逢い引きを楽しむ若い男女だ。しかしその正体はこの国の皇子と一占い師。

 カルロ皇子に至ってはその持ち前の美貌で周りの殆どに正体がバレている。


 あの服は変装のつもりだろうか、だとしたら変装術を学び直した方がいい。


 あまり遠く離れていないため、微かに二人の会話がここまで聞こえてきた。


「……? なんかカルロ皇子の様子が変ですね」

「マーガレット嬢に名前を呼ばれて照れた、に酒一本賭ける」

「甘酸っぺェ……」


 それにしても、よくそんな幸せそうな顔ができるものだ。


 現場を取り押さえるのはもう少し我慢してやるか、とハーブ専門店の近くで腕を組んだ。



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