10,お誘い
「マーガレット、今日はあのスープをお願いしたいの」
「マーガレット! 私は占いを!」
「この間のポプリはまだあるかしら? あれ使うと寝つきが良くなるのよね~」
「は~い! 少々お待ちください!」
この城に来てからどうなったかというと、それはそれは大変繁盛した。
肝心の水晶が使えないと最初は謳った商売だったが、なんとありがたいことに私のハーブ料理やタロット占いを目的としたお客様が大勢ご来店してくれたのだ。
本当にありがてぇ……。
「さて、今日はこれくらいにしよっかな」
人が人を呼ぶとはよく言ったものだ、森の中にいたころより売り上げも上々、皇子殿下からいただく給金よりかは少ないものの、副収入として立派な金額になっていた。
「(皇子殿下から貰った給金はなんだか申し訳なくて使えないんだよね……)」
本来私は皇子殿下の運命の人を探すためにここにいる。だというのに、メインの水晶は初めて皇子殿下と会った時から赤い靄は取れないままだ。
文字通りの給料泥棒の状態である。
「タロット占いでよろしければって提案出しても水晶占いがいいの一点張りだし……おばあちゃんからの手紙の返事は来ないし……」
しょげである。
いいや、しょげている場合じゃないぞ! 今日も水晶を綺麗にする方法を考えないと!
水晶の布を取っ払って畳んでいると、後ろから芝生を踏む音が聞こえた。
「やってる?」
いつからこの新店は居酒屋になったのだろう
「こんにちは、皇子殿下」
「もうお店終わったよね?」
「はい、今日も沢山の方に来ていただきました。最近はタロット占いも沢山依頼依頼をいただいております」
なのでおひとついかがですか、と進めようとするが皇子殿下はあの爽やかな笑顔を浮かべると私の言葉を遮った。
「それはよかった。あの森の奥にあった家も素敵だったけど、やはり都心の方が皆通いやすいんだね。
僕ももっとここに居たいんだけど、中々こっちに顔を出せなくてごめんね。寂しかった?」
「いいえ、連日でお客様が来てくださっているのでお陰様で日々忙しく過ごしております」
「そっかそっか、やっぱり寂しかったよね」
「聞いておられますか?」
というか、今日もまたタロット占いを避けられた気がする。そこまでして水晶にこだわるのはなんなんだろうか。
皇子殿下は一層笑みを深めると、少し屈んで私に目線を合わせてくれた
「それじゃあ埋め合わせにもならないけど、今から一緒に出かけないかい?」
ピクリ、と水晶を持つ手が震えた。
今日こそは全部の靄を払えなくとも、ピンクに近付けるようにと思っていたのだが。
なんせ誘ってくれた相手が皇子殿下だ、なんと言って断れば良いのだろうか。
「えっと……今日は水晶のメンテナンスに集中したくて……」
「マリーから聞いてるよ、店が終わった後に連日で水晶にかかりっきりになっているんだって?」
クソッ! なんでこの皇子に報告しているんですかマリーさん‼ ……雇い主だからか、そりゃそうだわ。
「僕のためにそんなに思い詰めてくれていたなんて……」
「皇子殿下のためというより私の背負っている家の歴史と生業のためですかね」
「そんなに考えていてくれて嬉しいよ、だから今日くらいはその責務から逃れてもいいと思うんだ」
「(たまに会話が成り立たないのはなんでなんだろう……)」
「気晴らしに市場に遊びに行こうよ」
「うっ……」
たまに出るんだよなぁ、その天使みたいな笑顔!
成人した男の人の笑顔が天使って表現するのも可笑しいと思うけど、しょうがないじゃん。かっこいいんだもん。
「大丈夫だよ、側を離れたりしないから迷子になる心配もない」
「ですが皇子殿下もお忙しいのでは?」
「心配してくれるの? 優しいなあ……。でも大丈夫だよ、メグと一緒に遊びに行こうと思って今日の分の仕事は終わらせてきたんだ」
そ、そんなこと言われた断われないじゃないか……!
この〝楽しみにして頑張ってきたのにまさか断らないよね?〟という圧。
こんなの……!
「喜んでお供させていただきます」
「そうこなくっちゃ!」
イエス以外の答えは用意されていなかった。
「ジェイラン様‼」
「どうかしたか」
「カルロ皇子が‼ 執務室におられません‼」
「…………はあ……」
ここ最近頭が痛い。
原因はわかっている、カルロ皇子が連れてきたマーガレット嬢だ。
「そういえばマーガレット嬢に街を案内したいと昨日ぼやいていたな」
「どうなさいますか?」
「街に警備を。バレたら面倒だ、一般人に紛れ込ませてカルロ皇子とマーガレット嬢を警護しろ」
「承知致しました!」
バタバタと慌ただしく走り去っていく部下の背中をため息で押した。
「あのこじらせ皇子……‼」
目の前に積み上げられたこの仕事、期限は今日までなのだ。
これを提出しなければ大目玉を食らうのは自分だ。……もうそれは慣れているのだが。
「ここ最近、とみに筆の進みが遅いのが問題だ」
マーガレット嬢と接触してからというもの、明らかに上の空という顔をしてこの椅子に座ることが多くなった。どうしたものか……。
逆にすがすがしいとすら思える程、過去に存在した婚約者を千切っては投げ千切っては投げを繰り返してきた主君。女関係に関して周りから心配される年齢にさしかかってきた頃に着手したのが、あの塔だ。
この俺にすら詳しいことを教えて貰っていないが、カルロ皇子の口ぶりだとどうやら昔からマーガレット嬢の事を認識していたようだ。
窓の外からでも見える塔の存在感が今となっては執着心の大きさに見える。
「……あの塔、俺にして見れば囲うための籠に見えるんだがな」
この感想に同意してくれる人物は何人居るだろうか。
机に散らばった書類を掻き集めると、外出用の外套を羽織った。
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