09,安心とプレッシャー



「カルロ皇子、困ります」

「いいじゃないか、少しは今まで頑張ったご褒美ちょうだいよ」


 ジェイランのため息が後ろで聞こえた。

 しょうがないじゃないか、ずっと待っていた人がようやくここまで来てくれた。

 これを喜ばない男がこの世のどこに居るって言うんだ。


「お気持ちは察します。しかし急にあんなことをおっしゃってはマーガレット嬢も困惑していましたよ」

「……ちょっと気持ちが先走った感は否めない」


 ダメだね、もっとゆっくり、丁寧に事を進めないと。一つ咳払いをすると、赤いベルベットの絨毯に足を踏み込んだ。


「そんなに早く自分の所に来て欲しいのならいっそのこと求婚でもなさったらいかがですか?ここまで外堀を固めなくても、手っ取り早いかと」

「ジェイランはわかっていないなあ」


 廊下の端で使用人達が頭を下げた。「ご苦労様」と一言声をかけるとより一層その頭は深く下げられる。


「僕の気持ちを何一つ伝えていないのに、急に結婚してくださいなんて言っても受け入れて貰えるわけ無いじゃないか」

「……大概の女性なら受け入れそうなものですが、確かにマーガレット嬢は初心そうなところがありますね」

「でしょ? だからじっくりこっちに落とす」

「ですが何故占いなんか頼んだのですか? もし水晶が壊れずマーガレット嬢以外の女性を映しでもしたら……」

「ジェイラン、運命は自分で掴むものだ。いつだって変えることができる」


 廊下に飾られているバラの前で立ち止まった。先ほどの花畑ほどではないが、茎を焼いてあるのだろう、力強い薫りが立ち上っている。


「何も映さなかったのは嬉しい誤算だったよ。でも万が一別の誰かを映していたとしても、僕はメグを隣に置く」


 もう離さない、離れない。

 自分の手の届く範囲に愛しい人がいるというだけでこんなに幸せな気持ちになれるなんて、知らなかった。

 視界に映る全ての物が、心なしか鮮やかに見える。


「可愛い可愛いメグ。絶対幸せにしてあげる」

「(やっぱり拗らせてるんだよな……)」


 一秒でも早くメグに会うために、さっさと仕事を片付けてしまおう。

 執務室へ向かう足取りがほんの少し軽くなった。



*******



「本日よりマーガレット様のお世話をさせていただきます、なんなりとお申し付けください」

「よ、よろしくお願いします……」


 もう帰りたい。

 到着して早一時間、私は早速ビビっていた。


 お世辞係なんてただでさえ恐れ多いのに! 皇子殿下はほんの数人って言ってたよね。

 ひいふうみい……十人以上はいる‼

 せいぜい二、三人位かと思っていたのに……!


 思わずタンスの裏に隠れそうになったわ。隠れなかったけど。


 私ってこんなに人見知りだったかな……一人一人なんか挨拶しているけど、目が見れない。ただの占い師にこんなにお世話係を付けるなんて……申し訳ないにもほどがある。


 一通りの挨拶が終わった後、使用人達はそれぞれの持ち場に戻っていった。


 私はというと。


「それではマーガレット様の自室にご案内いたします」

「はい」


 カッチコチになって言われるがまま案内してくれる人の後を着いて行くしかなかった。


 廊下に出ると、余計静かになる。案内してくれている使用人さんと二人っきり……うっ……なんだか気まずい。


「……あのう」

「はいっ⁉」


 あ、これ文句言われるパターン? あんたみたいな小娘一人にこんな人員割いてんじゃねぇよ、的な?

 頭を上げる覚悟で勇気を振り絞り、振り向いた使用人さんと視線を合わせると。


「……あれ?」

「ねえ! やっぱりあのマーガレットよね⁉」

「マリーさん⁉」


 なんと。挨拶して貰っているときずっと下を向いていたから気付かなかった。


 だがこの女性、なにを隠そう私の常連さんなのだ。


「ビックリしたわ! 先日この塔に占い師が住まわれるからって使用人が選抜されたんだけど……まさかマーガレットだったなんて!」

「わ、私もビックリしました……」


 こんなところで知人に会うなんて! しょぼくれていた心に、ほんの少しの光が差し込んだ。

マリーさんは私と歳も近く、以前カウンセリングでお城でお仕えしていると聞いたことがあった。

 けどここで会えるとは!


「私ね、貴女にお礼をしに行こうと思っていたのよ! ほら、この間仕事をこのまま続けるべきかどうか相談しに行ったじゃない?」

「確か、運気が舞い込んできている。近いうちに大きな仕事が当てられる、とお答えさせて貰った時ですね」

「そう! その後すぐにこの塔に配置になったのよ! おかげで給金も上がったわ!」


 グッと人差し指と親指で丸い円をつくって見せた。

 そう、彼女は強かなのである。


「それでお菓子でも差し入れしようと思っていたんだけど、風の噂で拠点を移すって聞いてね。私の休みの関係で最終日に間に合わなかったの」

「マリーさん……」


 私の占いが誰かの人生を切り開くきっかけになったのなら、これほど喜ばしいことはない。それと同時に水晶の曇りを一刻も早く晴らさなければと言う使命感も一層濃くなる。


「カルロ皇子が専属占い師をお抱えになるって聞いて最初はビックリしたのよ。だって何年もかけてその計画を練っていたんだもの。でもその相手がマーガレットっていうのなら頷けるわね」

「マリーさんマリーさん、ちょっと教えて欲しいことがあるんです」


 そこよ。今日一番の疑問はそこなのよ!


「なあに?」

「その、何年もかけてってどういうことですか?」

「そのまんまの意味よ。随分前から決めていたみたいね。塔だけじゃなくて、ハーブもあちこちから種を取り寄せたみたいよ」

「そこまでして占い師を囲いたいんでしょうか⁉」

「そりゃあ……」


 キャップからはみ出たマリーさんの髪が揺れる。

 私と違って明るい柔らかそうなブリュネットの髪だ。


「カルロ皇子も長年の悩みがあるんじゃ無いかしら」

「……ですよね~……」


 占い師には守秘義務がある。お客さんがなにかしらの犯罪者で無い限り、個人情報を開示してはいけないのだ。

 そう、だから皇子殿下の悩みをここでマリーさんに打ち明け「本当に私ってここに必要だと思いますか?」と相談を持ちかけることは出来ないのだ。


「なんにしても、マーガレットが元気そうで良かったわ! 他の子も少し心配していたのよ! ここでも占いをするんでしょ? またお願いしたいのよ~!」


 マジで水晶を綺麗にしなきゃ。


 頬が引き攣った。

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