07,新天地



 私が知っているカルロ・ヨナ・パランローズとは。


 この国の第二皇子で生きる宝石と称される程の眉目秀麗っぷり。留学先の学校では異国交流を深めつつも優秀な成績で卒業、そのまま異国の地で外交を学び帰国。

 持ち帰ったその知識でここ数年は国の財形も豊かになり国民的英雄とも表される。

 その上狩りの腕ももちろんのこと、剣術や乗馬、チェスなんかにも長けており数々の大会で優勝を総なめ。

 夜会が開かれれば女性達が放っておかず、常に声がけが絶えないとか。


「もう絶対運命の相手と出会ってるって‼」


 おっと、つい本音が。

 でもしょうがないよね、今日でこの家としばらくお別れなんだもん、寂しくなって愚痴がこぼれるくらい許して欲しい。


 手に持った鞄には必要最低限の生活用品しか入っておらず、肩からぶら下げた鞄には水晶がこれでもかというほど厳重に緩衝材でくるまれている。


「はあ……結局曇りも晴れなかったし……どうしよう……」


 そう、私が懸念している材料は城に行くからという理由だけじゃなかった。皇子殿下が来た日に真っ赤に曇ってしまった水晶は、今日に至るまで結局なにも変わらずじまいだったのだ。


 あれから大変だった、似たような現象が本当に過去になかったのか、私の見落としじゃなかったのかを目を皿にしてご先祖様の残してくれた文献を漁る日々。

 そして来客があれば占いを断り、拠点を映す旨を伝えていた。


「あら、場所を変えるの?」

「はい、住所はこちらに……」

「えっ⁉ 城⁉ どういうこと⁉」


 お客様から同じ様なセリフを何度聞いたことだろうか。

 そして私も同じ説明を繰り返し、週の半ばはすっかり台本のように頭に構文が出来上がっていたぞ。


 しかし今週は優しいお客様に恵まれたというありがたい事に気付かされた週でもあったのだ。


「ならお城に通うわ! カルロ皇子専属の占い師だなんて、泊がついていいじゃない!

 それから間違えてこっちに来ないよう、私も周りの人達に噂を流して置くわね」

「ありがとうございます……!」


 クチコミってありがたいよね、噂はあっという間に広がって最後の日はお客さんも来なくなっていた。

 お陰で荷造りや水晶について調べる時間ができたわけだけど、結果は振るわず。


「(皇子殿下に会ったら絶対おばあちゃんに手紙を出して貰うんだ……!)」


 大切な家宝である水晶を私の代で終わらせるわけにいかないのだ、なんとしてもこの靄を取り除かなければ!

 今日という日ほど待ち遠しく、そして来なければ良いと矛盾を抱えた日は無かった。


 家の中を見ると、中にある家具の殆どに埃が被らないようにと布をかけてある。おばあちゃんの知り合いが定期的に訪ねてくれるらしいから畑は心配ないけど、家の中を掃除して貰うのはちょっと気が引ける。


 思わずため息が出た。


「ああ……今週だけで私の幸せは何年分飛んでいったのかな……」


 もうため息の回数を数えるのも馬鹿らしい。空を見上げるとまだ太陽は昇っていない。夜と朝が入り交じった瑠璃色の空が美しい。きっと朝日も美しいだろう、旅立ちの日にピッタリな日だ。


 すると、どこか遠くで馬の鳴き声が聞こえた。


「(もうすぐいらっしゃるんだ)」


 今日はどうやって移動するんだろう、この間は馬でいらっしゃったから今日も馬かな。私乗馬ってしたこと無いんだよね、最悪後ろを走ってついていけば……途中で野垂れ死ぬわ。


 本日何度目になるかわからないため息をついて、切り株から腰をあげた。皇子殿下はすぐそこまできているだろう。大きな音が木の向こうから聞こえてきた。


「おはよう、メグ」

「お、おはようございます……?」

「こんな朝早くに時間指定してごめんね。でも今日という日を心待ちにしていたんだ、早く迎えに来たくてしょうがなかったよ」


 あれ……? ここに来るのに中々時間が取れないとか言ってなかったっけ?

 てっきり従者の方がいらっしゃるものかと思っていたのに。そしてもう一つ驚きべき事は、皇子殿下が乗っていた乗り物だ。

 なんだ、馬車って。よく森の中を走って来れたな?


「荷物はそれだけ?」

「はい、あまり物を持っていないので……着替えが数着あれば事足ります」

「そっか、うんそうだね、城に沢山用意してあるからむしろ手ぶらでもいいよ」


 用意ってなんの用意だろう。内容を聞こうかと思ったけど、きっと占いに必要な物とかだろうな。ハーブ畑もあるっていってたし、必要最低限の栽培ができるだろう。


 まだ起きてそんなに時間も経っていないのに、もう疲れた気がする。御者さんに荷物を預け、先に乗り込む皇子殿下の後に続いて馬車に乗り込もうとすると手を差し出された。


「足下に気をつけて」

「ありがとうございます……」


 差し出された手を素直に取れば、少しビックリした。


 私やよく訪れるお客さん達と全く違う手だ。一回りも二回りも大きくて、皮が厚い。

 節も私の手より遙かに立派だし、少し乾いた指先がくすぐったい。


 手を掬いあげられて、馬車に乗り込むとゆっくりと動き出した。


「水晶はどう? 綺麗になった?」

「それが全く綺麗にならなくて……」

「そっか、それは残念」


 声が全然残念そうに聞こえないのは気のせいだろうか。

 隣に座る皇子殿下の隣で、ゆっくり流れる景色を見る。


 ……本当に森を出るんだなあ……。


「……不安?」

「顔に出ていましたか?」

「うん、少し寂しそうだ」


 当たらずも遠からず、だ。


「ハーブを卸しに行く以外……というか、あの家以外で寝泊まりしたことがないので不安と言えば不安です」

「大丈夫だよ、僕がいる」


 ソッと手が握られた。私よりも体温が低くて、硬い手。

 これが〝男の人〟の手なのだろう。

「何も怖くない、メグに害する物は全部取り除くよ。だからずっと側に居てね」


 ……専属占い師ってこんなに執着されるものなのかな?

 その美しい顔がこんな至近距離にあると緊張するんですけど……!


 さりげなく距離を保とうするが、いくら広いといえどここな馬車。背後はあっという間に窓だ。


「お言葉ですが、占い師の言葉は絶対ではありません。陶酔しては必ず足下を掬われます、どうか自分をしっかり持ってくださいませ」

「……そうだね、ちゃんと自分を保つよ」


 よし、言ってやった!


 私の言葉が効いたようで、ほんの少しだけ距離を取り戻すことに成功した。心臓に悪い……!


「それから一つお願いがあるのですが」

「なに? なんでも聞くよ、なにか欲しいものでも?」

「そうではなく、皇子殿下は私の祖母と連絡が取れたのですよね?

 烏滸がましいことを承知の上でお願いしたいのですが、私の手紙を祖母に出していただけないでしょうか?」

「なんだ、そんなことか。勿論だよ。城に着いたら早速用意しよう」


 よし、これで水晶への手がかりが掴めるぞ!


「あとメグの好きそうな家具もいくつか見繕ってあるんだ。到着したら……」


 初めて乗った馬車は思ったより快適だった。

 皇子殿下が隣で何か喋っていたようだけど、緊張で前日の夜眠れなかった私はソファーの座り心地の良さに目を閉じてしまった。

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