05,またね

 

「貴女にとっては急な話だ、驚くのも無理はないよ」

「ええ、驚きすぎて何も言葉が出てきません」


 これって床に頭擦りつけた方が良いのかな、何か無礼を働いてなかったかな、あ、気絶して介抱させたわ、お詫びとしてやっぱり指を詰めるしかないのだろうか。

 そんな私の不安が青年、基カルロ皇子殿下に伝わったらしい。彼の眉が困ったように少し下がった。


「そんな怯えなくて良いよ。何も罰そうとしているつもりはない」

「で、ですが……数々のご無礼をどう詫びたら良いのか……」

「詫びというのであれば、是非とも僕からの申し出を受け入れて欲しいな」

「そ、それは……」


 おばあちゃんもこう言っているけど、専属になるということは皇子殿下の側に行くということ。

 その間の畑は? 家はどうするの?

 私以外の住人がいないこの家は、あっという間に煤だらけになってしまうだろう。私にも私の生活がある。今の生活を捨ててまで皇子殿下の依頼を受けるべきなのか。あまりに非現実的だ。


「あ、何か落ちたよ」

「わっ、すいません!」


 もう一枚手紙が入ってようだ。封筒の中から落ちてしまった小さな紙を、あろうことか皇子殿下に拾わせてしまった。無礼のオンパレードか。


「ふふふ……そんな慌てなくても良いのに」

「皇子殿下に拾わせてしまったのに慌てない方か可笑しいのです!」

「皇子殿下なんて堅苦しいよ、カルロって呼んで欲しいな」

「滅相もない!」


 あきらかに女慣れしてるでしょ。

 これで占いで運命の人を見つけてくれってぇ? なーんかきな臭い……。


 疑心が浮かんできたところで皇子殿下の手にあった手紙をかすめ取った。

 どれどれ。


「家のことは知り合い達に頼んだ。こんな機会は今後ないだろうから心置きなく都会を楽しんでおいで」

「お、よかったね! 直属の上司から休暇許可貰えたんだ!」

「有休申請してようやく通ったブラック社員じゃないんですよ‼」


 あっ、皇子にツッコんじゃった。


 ゼーハーと肩で息をしながら、机の上にあったカモミールティーを一気に流し込んだ。

 いかん、戻ってこい正常心!


「……皇子殿下、このたびは身に余る光栄なお話をありがとうございます」

「うん、じゃあ行こっか」

「お待ちください、こちらをご覧ください!」


 バーン! と効果音がつきそうな程勢いよく両手を広げ、カモミールティーが置いてあった机を示す。

 そこに鎮座するのは、真っ赤に染まった水晶だ。


「ご存じの通り、私の占いは一点の曇りがない透き通った水晶が必要でございます。

 しかし先に申し上げました通り、現在水晶がこの有様。この世に二つとない唯一無二の石です、このアイテムが無くしてどう私の存在意義を証明できましょうか」


 遠回しに言ったけど、つまり今の私は役立たずですよってことだ。自分で言っていて悲しくなってきた。


「なんだ、そんなことか」

「そ、そんなこと……⁉」


 だいぶ大事だが⁉


「ここから都心にある城まで時間がかかりすぎる。次いつここ来れるかわからない以上、貴女がその水晶を持って城で綺麗にする方法を調べてくれた方がいい。もし綺麗になったらすぐにその場で占って貰えるしね。

 あと僕の国の住民が、僕の目の前で職を失った。皇族として手を差し伸べる義務があると思わない?」


 おお、なんと慈悲深い。


「役立たずのニートを雇うなんて……」

「なにも役立たずのニートなんて思っていないさ。貴女のハーブに関する知識も興味深い、巷ではハーブを使った料理を提供しているなんて聞いたよ」

「気持ち程度のモノでございます……」

「何を言っているんだ、とても気持ちが和らぐと皆から聞いているよ。既に貴女のために別塔を空けてあるし、ハーブ畑もある程度まで準備してある。

 あと僕は他の雇用主と違って束縛する気はないよ。そうだ、一週間猶予を渡すから常連さん達に拠点を移すと伝えればいい。住所はここね」


 はい、と手渡されたのは、上等な羊皮紙に書かれた住所だ。すげえ、字が綺麗。


「……ん? なんで既に別塔やハーブ畑を用意されているんですか?」

「なにもすぐ占えとは言わないよ、メグの心とその水晶が落ち着いてからで大丈夫。焦らせて追い詰めるなんてとんでもないからね、ゆっくり……ゆっくりでいいんだ」

「あの、皇子殿下、」

「メグとはこれからより良い関係を築いていきたいんだ」

「さっき来週にでも見合いが行われるとかおっしゃっていませんでしたか⁉」


 な、なに……なんで急にメグ呼び……⁉ 距離の詰め方エッグ……。

 あと私の質問に何一つ答えて貰っていないんだけど⁉


「僕達はこれから大切なビジネスパートナーになるんだ、仲良くしようね」

「それについても承諾しておりません!」

「貴女の上司から許可を頂いているんだから、これは決定事項だよ」


 あれー⁉ 私に決定権が無いのー⁉




 ガチャッ……


「失礼する」

「い、いらっしゃいませェ‼」


 天の助け‼

 お客さんが来たとわかったらこっちのもんだ!


 私は皇子殿下の前で可憐なUターンを決め込むと、場末の居酒屋のような挨拶と共に玄関へ向かって走り出した。


「チッ」

「(舌打ち⁉ え、皇子殿下が⁉)」


 思わず後ろを振り向きたくなったが、今はこの救世主に向き合おうではないか。自分より大きな体躯の男性を見上げた。

 黒い髪に黒い切れ長の瞳が、より一層彼の精悍さを引き立てている。


「申し訳ございません、本日は占いを休業しておりまして……」

「ああ、俺は占いをしに来たんじゃない。カルロ皇子を迎えに来たんだ」

「は」

「あーあ……あともうちょっとだったのに」

「申し訳ございません、あまりにも時間が経ちすぎかと思ったので迎えに参りました」

「うん、ありがとう」


 ああ、もうお帰りってことね……これで解放されるのか……。

 今日はドッと疲れたな、水晶の様子を見たら早くお風呂に浸かって寝てしまおう。

 どうせ専属の話だって高貴なるお方の戯れ発言だ、流してしまえ。


 皇子殿下にササッとコート渡すと、おそらく本日最後であろうお客様に背筋を伸ばして玄関まで見送る。


「ジェイラン」

「はい。


 マーガレット・ペズー。こちらを」

「なんでしょうか?」


 差し出されたのは一つの麻袋。なんだろう、重そうだけど。

 特に深く考えず受け取ると、その重みと音に冷や汗をかいた。これは……。


「カルロ皇子から話があっただろう、前金だ」

「ちょ、まだお受けするとは……‼」

「じゃあね、メグ。また来週に迎えに来るよ」

「ま、待ってェ……‼」


 端から見れば立場の違う異性に追いすがる哀れな女に見えただろうか。

 それでもいい、待ってくれ。


 しかし話を聞いてくれない皇子殿下は、杉の木に繋いであった馬に跨がると〝ジェイラン〟と呼んだ男と走り去ってしまったのだ。

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