04,権力

 

 水晶が壊れた。

 石が壊れるって表現、合ってるのかな?


 でも割れたとかヒビが入ったとかとはもっと違うし、やっぱり壊れたって言う表現が一番近いと思う。

 これはなんとか祖母に連絡を取って……いや、そもそもどうやって連絡を取れば良いんだろう。



「(うー……。ん……?)」


 なんだか頭が冷たい様な……。


「あ、気がついたかな?」

「は……?」


 え、私気絶してた?

 気絶というより現実逃避に近い気もするけど。


 しかし自分の置かれた状況を確認すると、やはり気絶に逃げたようだ。

 机の後ろにあるソファーに寝かされており、額には冷たく濡らされたタオルが置かれている。


「申し訳ございません! お客様に介抱して貰うなど……‼」

「そんなことは気にしないで。それより……」


 青年がどこか気まずそうに視線を宙に彷徨わせる。

 その視界の端で窓の外が随分と暗くなっていることに気がついた。一体どれだけ寝ていたんだろうか、今夜眠れるかな。


 なんて、考えていると青年がその体を横にずらした。

 その向こうにあるのはさっきまで向かい合っていた机と、置かれている元・透明な水晶。


「あ、ああ~……」

「初めて見たときより随分と様子が変わってしまったようだね」

「なんて綺麗な赤色でしょう……」


 ここまで来ると賞賛すら送りたくなる。情熱の赤と捉えるべきか、怒りの赤と捉えるべきか。

 なんにせよ、私が気絶する前に起こったあの謎の現象が現在進行形で続いていたのだ。

 白い靄ですら占いの最中にしか現れず、終了すれば綺麗な透明を取り戻す。


 だというのに、水晶は占い師である私が離れても異常な赤い靄を中に閉じ込めていた。


「これは一体どういうことだろう? もしかして僕の運命の人は存在しない、という結果だろうか?」

「いいえ、お客様の運命の人が存在しないのであれば水晶はその通り告げます」

「では水晶は一体何を伝えたいんだろう」

「これは……」


 しょうがない、ここは素直に水晶が壊れたと白状するしかないだろう。

 こればかりは誤魔化しようもないし、明日になっても水晶が戻らなければ本格的に休業のお知らせも出さなければいけない。


「申し訳ございません、お客様。どうも水晶が不調を起こしてしまったようです」

「あ、さっき壊れちゃったって呟いていたもんね」


 漏れてたんかい。


「つきましては大変申し訳ございませんが、本日占うことが出来なくなってしましました。もちろん代金は必要ございません」


 今日の朝にこしらえたポプリとカモミールは花を袋に詰めた。もしかして自分が壊れるからわびのポプリを作っておけと水晶は教えてくれたのだろうか。それなら壊れる未来を教えて欲しかった。


「えっ……じゃあ今日は占えないって事かな?」

「申し訳ございません……」


 それしか言えない。

 前例のないこの状況、とりあえずお引き取りいただいて原因を究明しなければ。


 何卒お引き取りを……と念を送ってみるが、青年は顎に手を当てたまま何か考え込んでいる。

 こんな状況でも絵になるんだから大した物だ、私の占いなんて必要ないように思えるんだけどね。


「困ったな……。実は僕も暫く予定が立て込んでいてね、ここに来るのもやっとスケジュールをこじ開けて来れたくらいなんだ」

「それは……本当になんと申し上げたらよいか……」

「うん、こう見えて多忙なんだ。だから次いつ来れるか……もしかすると数年後になるかもしれない」


 その頃には流石に水晶も元に戻っている可能性が高いが、この見目麗しい青年もきっとその頃には身を固めているだろう。

 そこまで私の占いに執着しなくてもいいって、自身持てって。


「あの、もしよろしければ他の占い師を紹介しましょうか?

 街に何人か腕の良い占い師がいると聞いております、中には祖母の知り合いもいるのですぐに連絡致します。もし都合が合えばすぐにでも占って貰うことも「それじゃダメなんだ」(か、かぶせられた)」


 なんで⁉ すぐに知りたいんじゃないの⁉


 困惑する私とは対照的に、青年はここに来て一番の爽やかな笑顔を浮かべた。


「僕はどうしてもマーガレットに占ってもらいたんだ。そのためにここへ来た」

「はあ……」

「けど肝心の占いが出来ない。そうしたらどするべきか……わかるよね?」

「指を詰める?」

「そこまで極悪非道に見えるかな」


 いや、そんな雰囲気でしたけど。


 蕩けそうなその瞳は優しさを含んでいるのに、何処か危うさを感じる。

 ああ、そうだ、何処かで見たことがある。これは秋口の夕暮れみたいな哀愁だ。


「マーガレット・ペズー。貴女を僕の専属占い師に任命したい」

「は?」

「もちろん貴女のおばあ様からも既に許可を頂いているよ」

「は?」

「これが手紙。マーガレットに渡してくれと預かったんだ」

「は?」

「どうぞ」


 いやいや、どうやって私のおばあちゃんとコンタクトを取ったんだ。

 っていうか、専属占い師……?

 専属ってことは、要は決められた給金で占い師を雇うと?


 確かお抱えになった占い師は契約によっては他に人を占うことが出来なくなって、雇用主の相談役になるとか。発言の仕方によっては周りから洗脳と囁かれ、雇用主もろとも破滅の道に進むという……。


「(は、破滅の未来しか見えない)」


 これは占いが出来ようが出来まいがわかる未来だ。

 しかし今の私は占いが出来ない状況。こんな役に立たない小娘と契約して何の利点が?


「? どうかしたかな?」

「いえ……お手紙を拝借します」


 大体この人は何者なんだ?

 受け取った手紙の蝋封を砕きながら、青年に一瞬だけ視線を投げかけた。


 私を専属占い師として雇用したいと言い出すくらいには金持ちなのだろう。

 だがしかし。私も一人間であり、プライドがある。いくらお金を積まれようとも面が良くても、断る権利があるのだ。


「(スイバの紋様にスイートシスリーの薫り。字も間違いなくおばあちゃんだ)」


 ふ、ふん、どうせこの手紙もそんな話断れって書いてるに違いない……あれ?


「メグへ。皇子専属占い師への任命、おめでとう……」

「ほらね」


 なに一文で終わらせてんだ。いやいや、問題はそこじゃない。


「皇子?」

「あ、ごめんね、自己紹介がまだだった。


 私はカルロ・ヨナ・パランローズ。

 職業は皇子だ」


 数秒前の私へ。


 プライドは権力の前に屈するのである。

 

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