03,真っ赤っか


「運命の人、ですね」


 あっぶねえ、もう少しでツッコみが口から出るところだった。


 水晶の上に手をかざして軽く振ると、いつも通りに中で霧が靄を作る。


「大の男が何を女々しい、と思ったかな」

「とんでもありません」


 めっちゃ思いました、すいません。


「悩みは人それぞれございます、一占い師ごときがお客様の悩みを軽んじるなどあってはならないことです」


 これはおばあちゃんの受け売りだけど。

 でも私もそれは同意する。


 そう、例え目の前の男性がこの世のモノと思えないほどの美貌の持ち主でも、黙っていても樹液に群がる昆虫の如く女が寄ってきような顔の持ち主でも。真剣に悩んでいるのだ!

 だったら私が手助けせんでなんとする、占い師冥利に尽きるというモノじゃないか。


「実は親から近々見合いとするようにと縁談を持ちかけられているんだ」

「まあ、それはなんとも……」

「僕はこの歳まで独身を貫いてきた。決められたレールに乗るのではなく、いつか本当に心から愛せる女性と出会えると信じていたんだ」

「素敵なお考えです、理想ですね」

「だろう? けれど周りは僕の考えに痺れを切らしたんだ。

 意中の女性を連れてこないのであれば来週にでも見合いを行うと、今朝方父から連絡があった」

「なるほど、それで運命の人を探しにここまでやってこられたというわけですね」

「そうなんだ。

 僕はただ……愛する女性と幸せになりたい」


 一目似たときから薄々気付いていたけど、この人立場がある人なんだな。貴族かな? 大変だな。

 と、半分同情を含んだ気持ちで水晶を撫でる。


 私みたいな自由の塊は、きっと恵まれているんだと思う。好きなことをして、好きなことでご飯が食べられている。

 大好きなハーブティーや料理をして、占いをして、こんなに幸せなことはこれ以上ないんじゃないかって思う。


「その願いは人として持ち合わせて当然かと思います。現にそう言った悩みを持ってこられる肩は大勢いらっしゃいますよ(全員女の人だけど)」

「本当? よかった、こんなこと考えているのは僕だけかと思ったよ」

「何も変わったことはありません」


 でもこの見た目で……少し街を歩けば声をかけてくる女性の人数は軽く二桁越えそうなものだけどな。

 その中でもきっと運命の人を見つけられなかった……というより、声をかけられすぎて何が運命かわからなくなった説とかじゃないだろうか。

 だとすればモテ男が故のこじらせか。


 私の持っている幸せとは別の形だろうけど、どうか目の前の悩める美しい青年にも幸せがやって来て欲しい。


 意を決して水晶を撫でる手を止めた。


「その想い、しかと受け取りました。

 私ことマーガレット・ペズーが占いましょう」

「よろしく頼む!」


 ロードライトガーネットの瞳が明るくなった気がする。

 こんな綺麗な人でも悩みってあるんだなあ……なんて、失礼か。


 身を乗り出して懇願する青年を机の向こうに押し戻し、心を静めて水晶に向き合う。


「(……この人の運命の人……)」


 一体どんな人だろうか。


 この夕焼け空に映る人の瞳の色を、金色の糸に映える髪を、甘やかな声を甘受する愛おしい耳を、その薄い唇に重ねるべき可憐な花弁を。



 どうか教えて。





「……」


 ソッと目を開けた。


「……どうかな? 何かわかった?」




 余談ではあるが、私は小さな頃から占いに携わってきてきた。

 幼い頃、それこそ両親がまだ存命の頃は水晶に手をかざす母を見てきたし、両親が居なくなったあとは祖母が占う姿を見てきた。

 この水晶があるところに私の人生がある。

 透き通っていた美しい水面のような石の中に浮かび上がる霧は、いつ見ても幻想的だとさえ想っていた。


 だから。


「……なにコレ」

「え?」

「赤い」


 霧が赤く染まった所なんて、見たことがなかった。


「ちょ、待って、タイム」

「タイム⁉ いいけど、どうしたの?」

「こっちが聞きたい、どうしたの⁉」


 待て待て待て待て、なんだこれ。


 いつも通り真実を見せて貰おうと目を開けたら、真っ赤な水晶。どういうことよ。

 今までこんな現象あっただろうか? 答えはいいえ。

 記憶の中の水晶はいつだって透き通っていて、真実を導き出すときだけ白い霧がかかって……うん、母が占っていたときも祖母が占っていたときも、こんなこと一回もなかった。

 あったとしたら一家総出で大騒ぎになるはずだ。


「(過去前例がないこの状況……ええっと……)」


 背中に冷たい汗が流れる。


 代々伝わるこの水晶、奥の書庫にご先祖様が記した書物がある。

 この水晶を受け継ぐとき、勿論私もその書物に目を通した。その中にも今のような状況が書かれていたことはない。


「(何が可笑しい? いや、もしかして朝から調子が悪かった?)」


 いつもの水晶なら、朝一番の占いで目の前の青年がこの家を訪れることを漏れなく告げてくれていただろう。しかしそのお告げがなかった。

 つまり不調は早い段階から表れていたのだ。それを見抜けなかった私に非がある。


「あの、マーガレット? 汗が酷いようだけど、大丈夫?」


 青年が何か言っているようだけど、残念なことに私の耳にそれは届かない。

 コスコスと水晶を摩ってみるものの、赤味が晴れることない。なんなら濃くなってきた気がする。


 あ、ダメだ。


「す、水晶が…………。


 壊れちゃった…………」


 視界がブラックアウトした。

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