02,運命の人


「(わあ、綺麗な瞳……なんだっけ、この間おばあちゃんが持って帰ってきた石……あ、あれだ、ロードライトガーネットだっけ)」


 ガーネットと違って色んな表情がある石だ。ちょうど祖母が持って帰ってきたのは紫がかった石で、この青年の瞳のように夜空に溶けるような夕焼け空を連想させる石だった。確かまだ棚の奥に……。


「(ってちがーーーーうッ‼)」


 私は馬鹿か‼ 今は石のことなんてどうでもいい‼


「急に訪ねてすまない。まだ今日は営業しているかな?」

「はっ……! え、ええ、もちろん……」


 危ない、顔に出るところだった。……出てないよね?


「貴女がマーガレット・ペズーかな? 噂はよく聞いているよ。実は占って貰いたいことがあってお邪魔させて貰ったんだ」

「そうでしたか、どうぞこちらへ……今お茶を入れますね」

「ありがとう」


 青年が脱いだコートを預かると、いそいそとクロークへ足を向ける。


「(なんつー上等なコート……! 今まで来たお客さんの中でトップクラスじゃない⁉)」


 おいおいをいをい、このボタン金じゃないの? やべぇ、このコート一着で私の生活費一ヶ月……いや、ケチれば二ヶ月はいける。

 ハンガーにコートをかけると、そのままキッチンに引っ込んだ。




「私の占いが外れた……だと……⁉」


 コンロに水を張った鍋をかけると、シンクに手を付いた。

 心なしか体に力が入らない。


「(落ち着けメグ、よーく今朝を思い出せ‼)」


 ホワンホワンホワワワワーン。


「(……起きて水晶に手をかざしたら、朝食はサラダバーネットとキュウリのサラダが一番良いと出た。ポプリを五個作った後に午前中に常連奥様が二名ご来店、昼前に森の木イチゴが食べ頃だから摘みに行けば吉。畑のジャーマンカモミールの花も育ってきたから収穫時、そのあとそのカモミールでフレッシュカモミールティーを煎れたらさっきの奥様が来て今日の私の仕事は終わり……)」


 だったはず。あれ、見落とした? いやいや、そんなはずない、だってちゃんと水晶は最後まで打つし終えて昨日と同じように途切れたし……ええー……。

 何よりもショックなんだが。


 コソッと陰からダイニングを見ると、青年は物珍しそうに部屋を見渡しているところだった。

 そうでしょうそうでしょう、こんなに薬草やポプリで囲まれた部屋なんて中々ないでしょうに。


 そもそもこの家に男性が、それも彼のように若い人が訪ねてくることが珍しいのだ。

 占いは女性の方が圧倒的に好み、信じる。それ故に私は人生の殆どを男性と関わることなく過ごしてきたのだ。

 そりゃあ街に行けばすれ違うこともあるけど、殆どは薬草を卸しに行く店のおじさんとかばかり。同年代の男性と喋るのなんて、下手すれば子供以来かも。


 沸いたお湯をポットに入れると、辺り一面に華やかな香りが漂った。

 乾燥したカモミールもいいけど、やっぱり夏前にしか味わえないフレッシュカモミールティーは季節を感じさせる特別なモノだと思う。


 均等に香りを抽出させるため、一回ししてみるとここが天国かと思う。




「お待たせしました」

「良い香りだね」

「この時期にしか楽しめないフレッシュカモミールティーです」

「フレッシュか、都心では乾燥しかないから初めて飲むよ」


 できるだけ音を立てないように、細心の注意を払って紅茶を青年の前に置いた。

 興味深げにカップを覗き込む青年の顔を、今だと言わんばかりに盗み見た。


「(はあ~……こんなかっこいい人、初めて見た……)」


 少し襟足の長い髪は手入れが行き届いているのだろう、枝毛とは対極にある見事なキューティクル。整った眉の下にある目はどこか愁いを帯びているように見えるのは、その不思議な瞳の効果だろうか。鼻筋もスッとしており、薄い唇が上品に収まっている。

 かといって体の線は細くないし、決して中性的な人物ではないのだ。


「……! 凄く美味しいね、いつも飲んでいるカモミールティーより味も濃いし、スッキリしている」

「お気に召していただけたのならなによりです。広く知られていますのでご存じかも知れませんが、カモミールティーには緊張型頭痛など血行不良による解消の手助け作用があると言われています。少しでもお客様の疲れを取るのに役立てて貰えたらと思います」

「聞いたことはあるけど、このハーブティーを飲むまで効能を感じたことがなかったな。今日初めて信じたよ」

「それも生の花を使った効果です」


 今日初めて会った人だけど、この人は非常に疲れている。

 占い師だからわかる、というわけではなく、この人の纏う空気であったり、姿勢であったり、柔らかな声の中に潜む僅かな暗い影も判断要素となる。

 いくら身綺麗にしようとも疲れというものは滲み出るのだ。


 青年はカップを置くと、少しその口元を緩めた。


「体の芯まで温まった気がするよ、ありがとう」

「もしよろしければお帰りの際にカモミールの花をお持ちください。簡単にハーブティーを煎れることができますので、就寝前に飲んでいただければ血行も良くなって睡眠の質も上がりますでしょう」

「それはありがたい、是非譲っていただきたい」


 さて、と水晶にかかっていた布を取り上げた。

 せっかく磨いた後だけど、これは占いを外した私が悪い、あとでもう一回磨き直しだ。


「それでは始めましょう。最初に聞きたいことを教えて貰ってもよろしいでしょうか」

「ああ……実はね」


 ゴクリ。


 生唾を飲み込む音。勿論私の。




「……僕の運命の人を探して欲しいんだ」



 乙女か。


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