【完結】運命の人を探す皇子殿下の専属占い師は溺愛されている
石岡 玉煌
01,いらっしゃい、麗しき人
どうも、私はマーガレット。マーガレット・ペズー。仲がいい人からは「メグ」なんて呼ばれたりもする。
マーガレットの愛称は他にもマーゴとかペグとかペギーとかマギーとか……いや、別に耳は大きくならないけど。とりあえず私の愛称はメグ! お見知りおきを。
そんな私は、パランローズという国の中でもほぼ隣国に近しい端っこの森で、今日も慎ましく暮らしていた。
ふと、静かに自宅兼仕事場の扉が開く。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは、マーガレット。いつものポプリをお願いできるかしら? それと……」
「かしこまりました。〝隣の奥様に持っていくべき旅行のお土産〟ですね」
「流石マーガレット‼ 私がここに来る前にすでに占っていたのかしら? それとも私が来ること自体を知っていたの?」
「ふふふ……内緒です」
なんて、ちょっと冗談めかして机の上に覆いかぶさっていた紫の布を取っ払った。
小さな店に似合わないほど飾り立てた貴婦人は、真剣な目で机を見つめる。
布の下から現れたのは、私の顔程にもある大きな水晶。山奥に滾々と湧き上がる清水のよりも透き通ったその石は、世界中を探したって見つけられやしないだろう。
「……どうかしら? 何か水晶は映しているの?」
「ええ、しっかりと映しておりますよ……」
私の手元にははっきりと未来が映し出されている。
だが目の前の貴婦人には、それが見えていないらしい。
そう、私は占い師だ。
我がペズー家は、代々占い師を生業としてやってきた。残念なことに、私の両親は私が幼いころに亡くなってしまったので、おばあちゃんが私の師としてここまで叩き上げてくれたのだ。
そんな厳しくも優しいおばあちゃんは、今新しい薬草を求めて遠い西の国へ旅立っている。
老体に長旅は毒だと思い、本当は代わりに私が赴くと申し出たのだが「ここでお客と顔を作っていくのも一つの修行さね」と言って、自ら旅立っていったのだ。
「教えて頂戴! 私は何を買ってくればいいのかしら?」
「……最近隣の奥様は刺繍に精を出しておられるみたいですね。絹で織られた刺繍糸、なんていかがでしょうか。今の時期はマリーゴールドが咲き誇っております、その黄金色に染め上げられた絹糸は一目を置かれる贈り物でしょう」
「マリーゴールド……そうだわ! 訪問先にたしかマリーゴールド畑があったはず!」
ふっ……今日も私の占いは完璧。
占いの結果に大満足らしい奥様は、既定の料金よりも多めのお金を机の上に置いた。今夜は肉が食べれるようだ。
「いつもありがとう、これで次の婦人会で恥をかかずに済みそうだわ」
「そんな、とんでもないことでございます」
「そんな謙遜しないでちょうだい、本当なのよ? サロンなんて女の見栄の殴り合い。そこで生き抜くためには貴女の占いが必要不可欠なんだから!」
「あはは……」
ええ、ええ、存じ上げておりますとも。因みに奥様、貴女と同じ悩みを抱えた奥様方が三名ほどここにいらしたんですよ、ご存じです?
上機嫌で帰り支度をする煌びやかな奥様にコートを手渡した。
「ねえマーガレット、都心に引っ越して来なさいな。貴女程の腕を持った占い師はこの国の何処を探したっていないわ。こんな森の中で生涯を過ごすなんてもったいないことだと思うの」
「褒めていただき光栄です。ですが私の占いはこの森の力を借りているといっても過言でありません。ポプリや薬の材料も、ここにしかないものがたくさんありますし……」
「そう、よね……特に貴女の調合するポプリは格別だもの……でも‼」
「(うおっ)」
奥様の顔が急にドアップに映った。不意打ちとかやめて欲しいんだけど! ビックリしすぎて漏らしたら誰が掃除すると思っているんだ! 私だぞ! 当然だけど!
「占い師としてそれはしょうがないとしても! 女として貴女はそれでいいのかしら⁉」
「お、女として……?」
「そうよッ‼」
あれ、私はずっと性別女のつもりだったけど。
僅かに首を傾げると、奥様がまるで残念なものを見るかのように私を見下ろした。え、なんなんですか。
「宝の持ち腐れだって言っているのよ……。
貴女のような綺麗な黒髪に、夜明け前のような瑠璃色の瞳、愛らしい顔立ちは社交界に出ればどの殿方にも注目の的よ!」
「そ、そんなものですかね?」
奥様が私の下ろしたままの黒髪を一房手に取ると、髪は重力に従ってその美しく手入れされた手から零れ落ちて行った。
そろそろ短くしようかなって思っていたけど、綺麗って言ってもらえるならそのままにしておこっかな。
「なんなら私が後ろ盾になってもいいわ、街に引っ越して来たくなったらいつでも言いなさい!」
「ははは……ありがとうございます……」
そう言って止めてあった馬車に乗り込むと、奥様は颯爽と森の入り口に向かって走り去ってしまった。
「……街に、ねえ……」
馬車が見えなくなったころ、すっかり辺りの空気は静けさを取り戻していた。
「私は都会の喧騒の中より、緑に囲まれたこの森の方がよっぽど楽だわ」
ねえ? そう言って語り掛けるのは、黙して語らぬ真実を映す水晶。
この水晶は代々伝わる家宝でもあり、我らが占い師を支えてくれる大切な相棒でもあるのだ。
仕事着である黒いローブを捲ると、石を拭き上げるための布を手に取った。
「今日もありがとうね。明日は雨だろうし、多分お客さんは少ないかな」
私は一日に一回、自分の為に占いをする。
朝起きてから、今日はどんな人が訪れるのか、どんな依頼が来るのかを確認するのだ。
だってそうした方が準備も出来るし、お客さんを待たせることだってない。時間をかけずに、お互い気持ちよく取引できる。それって仕事をする上でとっても重要なことだと思う。
私達の稼業は、占いの他にもポプリ造りや薬草調合が主だ。中には御利益がありそうだからと言って代々ペズー家に伝わるレシピで作った料理を預かりに来るお客さんもいる。
私は自分で言うのも難だが、占いの腕はピカイチだと思っている。だって今まで何も外れたことないもん、さっきの奥様だって保証してくれる。
「さて、店じまいしよっかな」
今朝の占いの結果では、さっきの人で今日は終わりだ。
玄関の鍵を閉めて、今朝焼いたニゲラシードのパンでも囓ろう。
いつも通りの穏やかな夕食を思い描きながら、扉に手をかけた時だった。
ガチャッ
「……え」
「失礼。ここはペズーさんの家でよかったかな?」
金色の麦畑を連想させる綺麗な髪に、闇に飲み込まれそうな夕焼け空を思わせる瞳を持った青年が扉を開けていた。
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