パクス・ミカーナ!
ブンダマン
第1話 みかんと再会!
2024年6月某日
ここに冴えない男が一人。彼の名は黒松清。大学1年生のチェリーボーイだ。深夜3時の子供部屋で彼は目を開けた。
はぁ、また歯磨きもせずに寝ちゃったよ。電気もつけっぱ。大学が始まって2カ月が経つけど、大学は人生の夏休みと聞いていた割に意外と忙しいし、睡眠時間が削られるなぁ。僕は布団に床に寝そべりながら、天井を見上げていた。僕の頭の中にあったのは大学についての多少の憂鬱とおかっぱ頭の女の子だった。
「あの子、元気かなぁ。」
志位みかん。昭和のガキみたいなおかっぱ頭をなびかせながら、天真爛漫にはしゃぎまわる女。いつも誰かを振り回し、世界を揺らすほどのパワーを持つ女。あいつの姿の声がまざまざと浮かぶ。それぐらい彼女は僕の人生にインパクトをもたらしたんだ。僕はそんなことを考えながら、布団を敷いてまた目を瞑った。
翌日 午前11時
僕は目を開けた。枕の隣にあるスマホを取る。
「うわ、もう、11時!寝坊した!」
いや…
「今日は土曜日か。ふぅ、心臓に悪いぜ。」
1階に降りる。愛犬のチェリーが僕に駆け寄る。
「おお、チェリー。おはよう。」
チェリーの胸を撫でると、トイレからママが出てきた。
「おはよう。」
「おはよ。」
僕は顔を洗って、冷蔵庫からヨクルトを取り出すとリビングのソファに座り、テレビを眺めた。ふーん、みかんか。志位みかんねぇ。僕の頭の中にはまたおかっぱ頭が浮かび上がる。そして次には頭の中にこんなことが浮かんだ。また会いたいなぁ。僕はヨクルトをちびちび飲みながら、そして隣に座ったチェリーの体を撫でながらそんなことを考えた。彼女とは大学入学以来会っていない。2か月も会っていないわけだけど、今頃なにをしているのやら。
僕が通っている大学は東北進化学園大学で最寄り駅は口見駅なんだけど、みかんの通う大学は東北マムシ大学で最寄り駅が東北マムシ大前と、最寄り駅がお隣なんだ。それでもあんまり会わないから、近いのに遠い存在のように感じて少し寂しくなった。
僕はヨクルトを飲み終えると、立ち上がって2階の自室に向かった。10秒くらい上を向いて、それから30秒くらい部屋の中を歩いて僕はようやく決心した。
ひさしぶりにみかんにMINEを送ってみよう。
「人差し指ぽいんぽいんぽいん!!!」
こんなメッセージを送った。
『やぁ、元気?最近会ってないけど調子どう?明日ピオンに行かない?最近会ってないし。』
送って数秒で既読がついた。
『いいよ~ん。なんじん(何時)にするんのぉ?』
んぁ、考えてなかった。とりあえず昼の12時にするか。
『昼の12時はどう?』
『いいよ~ん。どこで待ち合わせするんのぉ?』
『南館3階のフードコートで。』
『いいよ~ん。んじゃ、またあすぃた(明日)』
おお、意外と上手くいったな。んじゃ、またあすぃた。
翌日 午後12時08分
僕はピオンというショッピングモールのフードコートにいた。
「まったく、あいつ遅いなぁ。」
僕は紙カップの水をちびちび飲みながらイライラしていた。
僕は椅子から立ちあがり、周りを見渡した。MINEでも送るか。
『今どこ?』
送って数秒で既読が着いた。
『わりぃ、もうすぐ着く。ちょっと寝坊しただ。』
僕は再び椅子に座って、トゥイッターを開いた。
「トゥイート、パクパク♡」
しばらくすると例の聞き覚えのある声が僕の耳に入り込んだ。
「お~い、キヨシ!たおませ!」
僕は顔を上げた。おかっぱ頭の女の子が走ってこっちにやってくる。たおませ、2カ月ぶりのみかん登場。大スターの登場に僕の脳みそは歓声の嵐。あの頃の幸福とノスタルジーが僕の体を包んだ。イッツショータイム!
「やぁ。」
「おひさ!」
2カ月ぶりの彼女は特に変わっていなかった。前と変わらず黒髪におかっぱ頭、エナジーに溢れた雰囲気と表情、小さい背中。
「とりあえずなんか食べる?」
「おん!」
僕たちは角亀製麵でうどんを食べることにした。並んでいる途中こんな会話をした。
「学校どう?なれた?」
「お~ん、どうだろう。まぁ慣れたっちゃ慣れたな。」
「ふ~ん。」
「キヨシは?」
「まぁ、一応は慣れた。」
「ほ~ん」
「……。」
「……。」
会うのが久しぶりで会話に少し困ったんだよ。2カ月でそんなんなるか?って僕も思ったけどまぁなったんだ。少し気まずかったね。
それから2人は注文を終えて席に着いた。この時にはもう僕の脳みそはすっかり冷めていた。さっきまでの盛り上がりがなかったみたいに静かだった。長い活動休止から復帰したミュージシャンがめちゃくちゃ音痴になっていた時のミーハー観客の気分だ。いや思い出を美化しすぎていたんだ。僕と彼女との思い出はおそらくそんな美しいものじゃない。勝手に僕が盛り上がっていた。
僕はいつもそうなんだ。理想が高すぎていつも現実に打ち砕かれる。飛ぶのに夢中になっていた鳥が猟師に撃ち落されるような感じ。僕はそんなことがあるといつも憂鬱な気分になって、人生に絶望する。消えてしまいたくなる。どうして僕はいつもこうなんだ。
気まずい沈黙の空気の中で僕はうどんをすすりながら、そんなことを考えていた。一方のみかんも黙ってうどんをすすっていた。僕と違うのは、明るい表情をしていた点。気まずいと思っているのか、何も感じていないのか、僕には彼女が何を考えているのか分からなかった。ただ、それが絶望の中の唯一の救いのように思えた。暗い表情をされるよりかはマシ。そう考えることにした。
その後、僕とみかんは1割の会話と9割の沈黙でその場を過ごした。サークルは入った?とか学校楽しい?とかそんな感じのたわいもない会話。んで、まぁそんな感じでその場解散となった。最後にみかんに
「また会おうな!」
と言われた。"また会おう"か。会ったとしても喋ることなんかないじゃないか。
僕は返事をするとそそくさと逃げて行った。甘い思い出に苦味が混ざる。僕に居場所なんかどこにもなかった。僕の世界にあるのは憂鬱と絶望、ノスタルジーに浸った一匹羊だけさ。
パクス・ミカーナ! ブンダマン @nice_guy123
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