第7話「最優先」*蓮



 授業が終わって、クラス会までの空いた時間、樹と買い物に行く約束をしていた。その前にトイレに行って、樹の待ってる教室に戻ると。


 山田が、樹の隣に居て、くっつきそうな程に密着しているのが見えた。


 買い物が楽しみで弾んでいた心が、一瞬で不愉快になり。

 早足で戻り、ひっついている山田を引きはがす。


「距離近すぎねえ? 山田」


 視線でけん制。軽く睨みつけたような感じになると、山田はたじろいだ。



「お、おお、ごめん……ってなんでオレ、加瀬に謝ってんだ」


 苦笑いの山田に助けを求められて、樹が苦笑いを浮かべている。


「そんなひっついて、何話してたの?」


 機嫌の悪いままそう聞くと。

 何やら時間までカラオケに行こうという誘いだったらしく。


 即座に断ろうと思ったのだけれど、ふと、樹はどうしたいかが気になって、樹に視線を合わせた。



「樹、カラオケ行きたいの?」

「――――……」



 そこで止まって、すぐには、答えない。

 ……カラオケに行きたいのか?


 困ったみたいな顔をしている樹に。


「樹がカラオケ行きたいなら、良いけど」


 そう言ったら、樹が答える前に、「お、マジで?」と山田が乗り出してきた。

 

「だから今、樹に聞いてるから待って」


 オレが言うと、山田は一瞬止まって、苦笑いを浮かべた。


「お前って、ほんとに、横澤の事が最優先なんだな」


 一瞬で。

 変な事いうな。と、さらに気分が悪くなる。

 そんな事周りに言い振らされたら、樹が困るだろ。



「別に。……そんな事ねーから変な言い方すんなよ」


 そんな事は無い、を強調する為とはいえ、思い切り断言したら、樹が隣で、ぴたっと固まった。……ように、見えた。



 これだと、樹の事なんか優先するはずがない、位のセリフを言ってる事になるかな。いや、違うのだけど。 山田が変にこれを言いふらすと、面倒かなと思って――――……。後でこの事、樹と話さなきゃ。


 とりあえず、カラオケに行くなら行くで仕方ないし、行かないなら早く2人で買い物に行きたい。



「樹、カラオケ行きたいの?」

「う、ん。蓮に任せるよ。どっちがいい? 買い物今度でいいならカラオケいこって山田が言ってるけど……」


 再度聞いたら、なんだか歯切れは悪いけれど、そう言った。


 どっちなんだろう。

 カラオケに行きたいのか、行きたくないのか。

 

 山田に気を使ってるのか、オレに気を使ってるのか。


 ――――……なんか、はっきりしない。

 とりあえず、語尾は、「山田が言ってるけど」だから……。


 ……何か断りにくい誘われ方でもしたんだろうか。

 オレに、断ってほしい……って事かな、これは。


 気づくと、樹は、オレの後ろに居る山田を見て、なんだか微妙な顔をしているし。



「――――……山田、今日は買い物行ってくる。カラオケまた今度な」


 山田を振り返ってそう伝えると。


「え゛え゛え゛ー」


 と騒ぎだすが。


「後で飲み屋で会おうぜ。 樹、行こ」


 樹の手首を掴んで、少し引いて立ち上がらせて、歩き始める。


 樹が後ろで、山田に挨拶をしてる。


 教室を出た所で、オレは、樹の手を離した。

 少し後ろに居る樹を振り返って、見つめる。


「蓮……?」

「樹はカラオケ行きたかった?」


 もう一度そう聞くと。


「別にオレ、カラオケ好きじゃないし。でも、蓮のは聞いてみたいな。うまそう、歌」


 そんなことを言って、微笑んでる。


 なんだかその笑顔に、毒気を抜かれて。

 なんだかさっきの自分の態度が、あんまりだった気がしてきて。


 つい立ち止まる。

 え、と樹も立ち止まり、振り返ってくる。



「蓮?」

「――――……ごめんな?」


「え??」


 は、とため息をついて、一言謝って。

 すると樹が、なんだかホッとしたように、ふわ、と笑った。



 ゆっくり歩き出したオレの隣に並んで、「何が、ごめんなの?」」と樹が聞いてくる。


「教室戻ったら、すっげー山田が距離近いし、なんかムカついて」

「……へ?」


「しかもその後一緒にカラオケとか言うし」

「――――……」


「一緒に食器見に行くの楽しみにしてたからさぁ……」

「……蓮」


 思うまま素直に全部伝えると、樹は、クスクス笑いだした。


 すっかりいつもの雰囲気だけれど。

 あともうひとつ。気になっていたこと。



「……横澤最優先、とか言われた時も、そんな事ねえって言ってごめんな。なんか変な風に噂されても、樹が嫌かなと思ってつい……」

「――――……」


 それを言うと、樹は少しの沈黙の後。



「少しだけ、やだった」

「え?」


「オレの事なんか全然優先してねーしって感じで……少しだけど」

「――――……」


 少しだけ。少しだけと。

 二回も強調するって事は――――……相当嫌だったんだろうな……。


 樹の頭にポンと手をのせて、くしゃと、柔らかい髪の毛を撫でる。


 

「……オレ、すっげー優先してると思うけど」

「――――……」


「知ってるだろ」

「……んー……うん」


「知ってて?」

「……うん」



「最優先は事実だけど、だからって、山田に認める必要ないと思ってさ」



 樹が知っててくれれば、良い。



 そういうと樹は、ぷ、と笑って。

 分かってくれたかな。と思った瞬間。


 トイレから戻った時の、山田との距離感に、また心が少し波立つ。



「つーか樹、あんな近寄られたら、避けろよな」

「あーだって、あれ、ちょっと内緒話だったから……」


「……内緒話って何だよ」

「……んー、ちょっとね、大きな声で言えない事だったんだよ。だから、避けるのもおかしいし」


 ……内緒話って何。

 無言のプレッシャーをかけてると、樹は苦笑い。



「内緒話……全然大したことじゃないよ…?」

「うん」


「蓮の事なんだよ?」

「オレの事? 何?」


「――――……オレから聞いたの、言わないでよ?」

「ん」


 すごく言いにくそうに。樹が話し始める。


「蓮の事気になる女子が居て、カラオケ一緒に行きたかったんだって。それで山田が頼まれたっていう話をコソコソしてたの」

「……何だ、そんな事か」


 ……ほんと、そんな事、か。


 ――――……ああ。それで、はっきりカラオケも断れず。


 樹はあんな感じで、オレに任せたのか……と、

 さっきのはっきりしない会話の理由を、ものすごく納得する。


「それが誰かは聞いてないから、ここまでね?」


 別にどうでもいいし。

 そう思って頷いていると。




「蓮、ほんと、過保護な母親みたい」


 なんて樹が言い出した。



 過保護?


 距離が近いとかそういうのが?

 内緒話、許せない、とかが…?


 過保護は、否めないけど。

「母親」扱いは、なんだか違う気がする。



「……母親じゃないし」


 そう言うと、樹は、困ったみたいな顔で、見上げてきた。



「母親じゃなかったら、その心配とか……距離近いとか、何なの?」


「母親っていうか――――……」

「いうか?」


 ――――……母親の気分なんか、全くない。

 山田との距離が近い事や、内緒話とかに感じるのは、これは明らかに母親とかじゃなくて。


 ――――……嫉妬のような、感情だとしか、思えないし。



 けれどそれは、言えず。



「……よくわかんねえけど、オレはお前の母親のつもりはないし」

「そっか……。じゃお父さん?」

「……違う。よく分かんねえけど」



 あくまで保護者か。

 む、としながら、それも否定した。



 分かってる。オレ、お前に構いすぎてる。

 でも、どうしようもない。


 本気で嫌がられない限り、構い倒してしまいそう。

 樹は今のとこ、構うのを嫌がってそうには見えないけど……。




 でもこれ、構ってると、保護者としてしか見られないのか?

 それはちょっと嫌だな。



 複雑に思いながら、でももう普通の表情で、隣で微笑んでる樹を見ると、ま、いいかと思ってしまう。



 電車に乗って、目当ての店へと向かいながら。

 二人で過ごすのが楽しくて。


 やっぱりカラオケ断って良かった。なんて思ってしまった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る