第8話「穏やか」*蓮



 樹は、優しい。


 直接話せば、優しいし、まっすぐだし、まじめなのがすぐ分かる。

 おとなしい訳ではないから、突っ込みも入るし、話していて、楽しい。


 大勢でつるんだりするのはあまり見かけないけれど、樹は仲の良い奴が多い気がする。


 オレは、まあ……いつも目立つ連中と居て、楽しそうで、騒がしくて。と、周りから思われているらしいのは、何となく知ってる。


 自分でも、バカ騒ぎしてるのが一番好きな人間だと、思っていたし。


 ――――樹と話す時みたいに、穏やかに話すのが好きだ、なんて、最近、初認識したばかりで。


 最初に樹と話した時に、何でだか、自分がすごく穏やかで。

 その居心地が良かった。


 一緒に暮らして、さらに、その認識が深まって。


 穏やかに話すのが、楽で。

 樹とは、どれだけ一緒に居ても、疲れない気がする。


 無理をしなくても、楽で、居心地が良くて。

 それがこんなに、穏やかで幸せだなんて。

 最近、知った。


「なあ蓮、イメージどんなの? こんなの?」


 樹が深緑の皿を手に持って、見せてくる。


「ん――形はこんな感じかなあ… 黒っぽいのがいいかと思ってたんだけど……緑もいいかも……」

「とりあえず黒も探してくるね」


 樹がそう言って、また店内をうろうろし始める。


 渡された皿をじっと見ていると。

 色々作りたいものが浮かんでくる。


 なんかオレ、ほんと料理人みたいになってきたな……。

 ふ、と、苦笑いしつつ。


「蓮ー、ここらへん? 黒いのって」

「ん」


 樹が見ている横に一緒にしゃがんで、二人で選ぶ。


「……じゃ、さっきの樹の持ってきたこれと、あと、この黒いの。買ってこ」

「うん」


 二人でレジに並ぶ。


「いくら? 半分だす」

「いいよ、オレが欲しかったんだし」

「でも……むしろオレが食べさせてもらうんだし」


 クスクス笑いながら、樹が皿の裏側の値段シールを見ようとしてくる。

 見せないように、しているのだけれど。


「一緒に買おうよ、蓮」


 そう言う樹に、多分もう聞かないなと思い、仕方なく頷く。


「蓮、なんか不満?」

 言いながら、樹がオレを見上げて、肩を竦めて笑う。


「……んなことないけど」

「出すって言ってるんだから、その方が普通良くない?」

「――――まあ……」

「……それに、二人で一緒に買ったって方が、なんか嬉しくない?」


 そう言う樹が、ふ、と楽しそうに笑っているので、結局そんな気になって、オレも、そうだなと頷いた。包んでもらった紙袋を受け取って、店を出る。


「早く料理したいなーとか、思うの?」

「思う。早く料理、のせてみたい」

「ほんと蓮、料理人みたい」


 クスクス笑って。


「おかげでオレは、めっちゃ毎日幸せだけど」


 百七十八センチのオレより、樹はいくらか背は低い。

 一緒に並んでると、すこし下にある樹の頭。 茶色の髪がふわふわしてる。笑顔で何か言う時、必ず見上げてきて、顔を見ながら話す樹。


 可愛いとしか思えない顔で、そんなようなことを言って、微笑む。


「――――お前が喜ぶから、オレ、プロ化してってるんだけど」

「えー、じゃあもっと喜ぶことにするね」


 そしたらもっと美味しくなるのかー、すごいなー、なんて、楽しそう。


「樹、どーする、集合まであと三十分あるけど」

「うーん。蓮はどうしたい?」

「コーヒー飲もっか」

「うん」

「歩きながら探そか」

「うん」


 二人で歩きながら、店を探す。


「そういえばさ」

「ん?」

「蓮のことを好きな子……とか、気になる?」


 珍しい、そういう恋愛話みたいなのを振ってくるの。

 そう思いながら、答える。


「……今は、なんねーかな」

「……今、は?」

「彼女欲しいとか、今あんまり思ってないから」

「……ふうん。そうなんだ。 あ、蓮、このカフェ、美味しそう」

「ん、いいよ、ここで」


 雰囲気の良い、カフェ。

 ドアを開けると、からん、とドアチャイムが鳴り響いた。




 座ってメニューを見て、樹はケーキにくぎ付けになる。


「ケーキ、うまそー……」

「すぐ飲み会だけどな」


 樹の言葉に、苦笑いしてそう突っ込んだ。


「でもこのチョコケーキ、すごいうまそーなんだけど」

「樹、ほんと、チョコ好きだな」

「うん」


 嬉しそうに笑って、頷いてる。


「でもいいや、我慢する。あんまゆっくり食べてる時間もないし。蓮、また今度来よ?」

「いーよ」


 結局、樹はカフェオレ、オレはブラックを頼んで。

 しばらく触れていなかったスマホを見ると、未読のメッセージが数件。


「……山田から、来れるなら来いって連絡来てる」

「あ、カラオケ?」

「ああ」


 樹は、水をこくん、と飲んで、苦笑い。


「時間ないから無理だね」

「…また今度って入れとく」

「蓮、カラオケ好き?」

「――――…中高ん時は良く行ったかな」

「そーなんだ。蓮、ほんとうまそう」

「採点機とは相性いいけどな」

「……それってうまいってことだよね?」


 クスクス笑う樹。


「なんか蓮ってほんと何でもできる気がする」

「……そおか?」


 何でもってことはないけど。

 まあ広く浅く、要領は良いのかもしれない。


「掃除とか洗濯もさ、最初苦手とかやりたくないとか言ってたけどさ」

「ん?」

「手際が悪い訳でもないし、全然できてるしさ」

「――――」

「オレが料理できないっていうのとは、レベルが違った」

「なことねえよ、やっぱり得意ではないと思ってるし」

「でも一人暮らしでも平気そう」

「――――」


 ……同居の意味がなかった、とか、そういう意味か?

 それはちょっと、なんと答えたらいいのやら……。


 そこに注文したものが届く。


 カフェオレを一口飲んで。これ美味しい、と微笑む樹。


 蓮は、さっきの樹の言葉が気になって、何となく何も言わず、コーヒーを飲んでいた。


 すると、カフェオレの表面をじっと見ながら。


「……オレはラッキーだったけど」

 と、樹が言った。


「――ん?」


 ラッキー?


 樹の次の言葉を待っていると、ふ、と笑って、オレを見上げる。


「蓮はきっと一人暮らしできたと思うけど……オレは、蓮が一緒に住んでくれて、ラッキーだったなーと思って」

「――――」

「あ、ラッキーって言い方悪い?」


 樹は、ちょっとバツが悪そうに笑って。


「――――料理が美味しいのもだけど……なんか色んな意味でさ」


 ふ、と微笑む樹を見ていたら。


「……オレもそう思ってるって言ってるだろ」


 かろうじて、そう答えはしたけれど。


 なんだか、衝動的に。

 どうしても――――。


 その唇に触れたくなってしまって。


 外でそんなことできる訳も無く。

 ……本当は、キス自体、樹にして良い物なのかも、分からないのに。


 でも触れたくて。


 心底、困ってしまった。



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