第6話「最優先」*樹



「横澤、クラス会行く?」


 最後の授業が終わった時、クラスメートの山田に声を掛けられた。


「うん、行くよ」

「加瀬は?」

「行くって言ってた。今トイレ行ってる」

「そっか。なあ、集合まで何してる? カラオケでも行こうかって言ってんだけど」

「あ、そうなんだ……」


 あーでも、蓮と、食器見に行くって約束……。


「ごめん、ちょっと買い物行く約束してて」

「加瀬と?」


 うん、と頷くと、山田はふーんと言って、少し黙って。


「その買い物、今日じゃなくても良いなら、カラオケ行こうぜ?」

「どうだろ、蓮に聞いてみないと……」


 そう言ったら、山田が急に距離を詰めてきて、こそこそと耳に囁く。


「実はさ、加瀬の事を好きな子が居てさ」

「……」


「出来たらカラオケから一緒に行けたらいいなーって言ってて、オレ、頼まれちゃった訳」

「ああ……そう、なんだ」


 んー……。どうなんだろ蓮、食器見たいって言ってたけど……。

 蓮の事を好きな子か……。

 そっちに行きたいかな、蓮……。



「樹、ただいま」

「あ、蓮。おかえり」


 戻ってきた蓮が、ぐい、と山田を、オレから引き離した。


「距離近すぎねえ? 山田」


 ちらりと一瞥。


「お、おお、ごめん……ってなんでオレ、加瀬に謝ってんだ」


 苦笑いの山田に、さあ…とオレも思わず、苦笑い。


「そんなひっついて、何話してたの?」

「いや、飲み会までの時間、カラオケ行かないかって誘ってた所。お前も行こうぜ?」

「カラオケ?」

「そ。今すぐ行けば2時間弱は行けるからさ」


 聞いた蓮は、オレに視線を向けてくる。


「樹、カラオケ行きたいの?」

「――――」


 ていうか、オレは、蓮と、食器見に行きたいんだけど……。

 別にカラオケ好きじゃないし。


 だけど、蓮の事を好きな子が……とか聞いてしまうと、オレがそれを邪魔するのもどうかと思って……。



「樹がカラオケ行きたいなら、良いけど」


 答えないでいると、蓮が続けてそう言ってきた。

 

「お、マジで?」

 オッケイなのかと乗り出してきた山田に、蓮は。


「だから今、樹に聞いてるから待って」


 そう言った。そしたら、蓮の言葉に、山田は、はー?と笑う。


「お前って、ほんとに、横澤の事が最優先なんだな」

「別に。……そんな事ねーから変な言い方すんなよ」


 蓮の言葉に、一瞬固まってしまう。


 ……そんな事ねーからって。

 なんか少しだけ、もやもやする……。何でだろ……。



「樹、カラオケ行きたいの?」

「う、ん。蓮に任せるよ。どっちがいい? 買い物今度でいいならカラオケいこって山田が言ってるけど……」


 山田が蓮の向こう側で、ニコニコしながらうんうん頷いている。


 オレ、これって、協力してるって事になるのかな……?



「――――山田」


 しばらくオレを見ていた蓮が、後ろの山田を振り返った。


「今日は買い物行ってくる。 カラオケまた今度な」

「え゛え゛え゛ー」


「後で飲み屋で会おうぜ。 樹、行こ」


 ぐい、と手首を掴まれて、蓮に引かれる。



「あ、うん」


 鞄を肩にひっかけて、急いで蓮について歩き始める。



「ごめん、山田、また後で」

「分かった。後でなー」


 山田に挨拶して別れ、蓮の後を続く。

 部屋を出た所で、蓮がそっと手を離した。



「蓮……?」

「樹はカラオケ行きたかった?」


 オレの目を見ながら、蓮が聞いてくる。


「別にオレ、カラオケ好きじゃないし」

「――――」


「でも、蓮のは聞いてみたいな。うまそう、歌」

「――――」


 急に蓮が立ち止まって。

 え?と立ち止まり、一歩後ろに居る蓮を振り返る。


「蓮?」

「――――ごめんな?」


「え??」


 は、とため息をついた蓮は、少し表情を緩めた。


 あ、良かった。 

 なんかさっきから、少し、固いなーと、思ってたんだよね。

 


 ゆっくり歩き出した蓮の隣で、「何が、ごめんなの?」と聞く。



「教室戻ったら、すっげー山田が距離近いし、なんかムカついて」

「……へ?」


「しかもその後一緒にカラオケとか言うし」

「――――」


「一緒に食器見に行くの楽しみにしてたからさぁ……」

「……蓮」


 クスクス笑ってしまう。


 可愛い、なんか。

 楽しみにしてたんだ。



「……横澤最優先、とか言われた時も、そんな事ねえって言ってごめんな。なんか変な風に噂されても、樹が嫌かなと思ってつい……」

「――――」


 ………なんだろ。

 ちょっと引っかかった所を全部、ちゃんと訂正してくれるのって。


 ……なんか、ほんと。気の使い方が似てるっていうか。

 ――――蓮とオレの、気になる部分って、似てるんだろうな。


 だから、いつも、すごく快適なのは、そういう事、なんだろうな、と改めて思いながら。

 

「少しだけ、やだった」

「え?」


「オレの事なんか全然優先してねーしって感じで……少しだけど」

「――――」


 黙った蓮に、じっと見つめられて。

 その後、蓮の手が、樹の頭にぽんと乗った。一度くしゃ、と撫でられて、手は離れた。

 

「……オレ、すっげー優先してると思うけど」

「――――」


「知ってるだろ」

「……んー……うん」


「知ってて?」

「……うん」


 オレが頷くと、蓮はホッとしたような顔になって。

 それから、すぐに苦笑い。


「最優先は事実だけど、だからって、山田に認める必要ないと思ってさ」


 そんな風に言う蓮に、ん、と頷くと。


「つーか樹、あんな近寄られたら、避けろよな」

「あーだって、あれ、ちょっと内緒話だったから……」


「……内緒話って何だよ」

「……んー、ちょっとね、大きな声で言えない事だったんだよ。だから、避けるのもおかしいし」


「――――」


 蓮が返事してくれない。

 ……これはもう絶対「内緒話」が気になってるとしか思えない。


「内緒話……全然大したことじゃないよ…?」

「うん」


 うーん、聞きたいのかな。内緒、嫌そう……。


「蓮の事なんだよ?」

「オレの事? 何?」


「――――オレから聞いたの、言わないでよ?」

「ん」


 ちょっぴりため息をつきながら、蓮を見上げる。


「蓮の事気になる女子が居て、カラオケ一緒に行きたかったんだって。それで山田が頼まれたっていう話をコソコソしてたの」

「……何だ、そんな事か」

「それが誰かは聞いてないから、ここまでね?」



 やれやれ。

 これじゃまるで。



「蓮、ほんと、過保護な母親みたい」


 つい言ってしまうと、蓮はむ、とした。


「……母親じゃないし」

「母親じゃなかったら、その心配とか……距離近いとか、何なの?」



「母親っていうか――――」

「いうか?」


「……よくわかんねえけど、オレはお前の母親のつもりはないし」

「そっか……。じゃお父さん?」

「……違う。よく分かんねえけど」



 なんだかよく分からないので、

 結局その話はそこでやめにした。



「蓮、どこで買い物する?」


 そう聞くと、蓮は途端に、嬉しそうに笑った。


「集合の駅の、商店街に良さそうなお店があってさ。そっちまで行こ?」

「そうなんだ。うん、早く行こ」


「だし巻きをのせる皿が欲しいんだ」

「へえ。うん、楽しみ」


 ふ、と二人で笑いあって。

 駅に向かって、歩くスピードを速めた。



 オレを最優先、か。 

 ……よく考えると、オレの方もそうな気がする。


 蓮が最優先。




 ……何かちょっと、お互いがそうだっていうのが。

 嬉しいかも。



 自分が誰かの特別で。

 その誰かが自分にとっても、特別って。


 それって、こんなに、嬉しい事、なんだなぁ……。









 


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