第5話


「ごちそうさまでした!」

「ん」


「美味しかった」


 いつも言ってくれる。

 すごく良い顔で食べてくれる樹が、好きで。


 樹と暮らしてから、格段に料理の腕が上がっているのが自分でも分かる。



「なんか、蓮って、その内、売れっ子のシェフとかになりそう」

「ん、そう?」


「だって、見た目でまず女の子がつくだろうし。しかもこんな美味しかったら、絶対いけると思う」


「じゃあシェフの道も考えとこうかな……」

「シェフになるなら、料理の学校じゃないの?」


「独学でやる」


「そんな甘い世界…じゃないと思うんだけど、なんか、蓮ならできそう」


 クスクス笑いながら、樹が食べ終わった食器を運んでいく。


「片付けするから、蓮、先にお風呂入ってきていーよ」

「良いよ。片付け一緒にやるし」


「でもさ、後で、ドラマ一緒に見たいし。順番に入っちゃった方が良いと思うんだけど」

「……んじゃ、先入ってくる」

「うん。すっごい良い匂いの入浴剤見つけた。置いてあるから」


 笑顔で送り出され。

 バスルームについて、服を脱ぐ。


 脱衣所にはもう、バスタオルが用意されてて。


 なんか。

 樹との生活って。


 快適で、楽しすぎて。


 親にやってもらってた部分を、全部自分たちでやらなければいけないんだから、絶対に多少は面倒な事もあるだろうし、実家が恋しくなったりするのだろうかと思っていたけれど、そんな事は一切ない。


 ローズの入浴剤。

 めちゃくちゃ良い匂い。



「――――」



 なんだろう。

 まったく無理も遠慮もなく、こんなに、一緒に居て楽しい奴って、居るのか? オレがしてないだけで、もしかして、樹の方が我慢してくれてる事があったりするんだろうか。


 バスルームを出ると、もうすっかり片付けは終わっていて、樹が洗濯物をたたんでいた。


「こっち、蓮の。持ってってね」

「ありがと」


 タオルなどを抱えながら、樹が立ち上がる。


「お風呂入ってきまーす」

 言って、蓮がバスルームに消えていく。



 服を片付けて、ドライヤーで髪を乾かしてから、2人分のコーヒーを淹れている時、樹が戻ってきた。



「良い匂い、コーヒー」

「――――ん。 髪、乾かすから来な」

「うん」


 リビングの椅子にすとん、と樹が座る。


「――――」


 ドライヤーを掛けてやるのが最近日課になってる。


 濡れた髪が乾くにつれて、ふわふわした感触に変わっていく。



「お前の髪って、柔らかいよな……」

「え、そう?」


 ふ、と笑いながら、振り返ってくる。



 ……樹の髪に触るのが、好き。柔らかくて。


 そんな風に感じるのは、やっぱりおかしいんだろうか。



「なんか最近いつも乾かしてくれるけど……」

「ん?」


「面倒だったら、自分でやるからね」

「――――いい。 面倒じゃねえし。てか、されたくなかったら言えよ」


「…人にやってもらうのって、気持ちいいんだな~て、いっつも思ってるよ」


 クスクス笑う、樹。


「オレはすっごくらくちん……」


 言いながらじっとしてる樹。ちょうど乾かし終わった頃。



「ありがと、蓮。 もう時間、ドラマ見よ」

「ん」



 さっき淹れていたコーヒーをソファの前のテーブルに置いて、2人でソファに腰かける。



 樹は、ドラマが好き。

 サスペンス物が好きらしいけど、他のも結構見る。



 オレは、ドラマはそんなに見てこなかった。

 たまに映画を見る位。


 じゃあ何で、今、樹とドラマを見てるか。


 見たドラマの話を、樹がしてるのが面白いから。

 見てなくても話は聞けるけど、見てた方が盛り上がる。


 一緒に見始めたら、意外と面白いのもあって、最近割と楽しみにもしている。



「蓮、これ食べたい」

「チョコアイス?」


「うまそー」


 コマーシャルを見て、明日買いに行こ、なんてウキウキしてる。 

 これだって、一緒にテレビ見てないと、出来ない会話。



 別に無理して見てる訳じゃない。

 樹と、同じ時間、同じものを楽しんで、話したりしたい。



 なんだろう。

 ――――どうしてオレ、こんなに樹と共有したいかな。



 一緒に暮らし始めて、どんどんその傾向が顕著になっていく。

 何でなのかは、よく分かんねえけど。




「うわー、やな奴ー」


 ドラマの仇役について、嫌そうに顔をしかめて、呟いてる。

 険しい顔に、ふ、と笑ってしまう。



「樹、コーヒー冷める」


 言いながら渡すと、受け取って、ありがと、と笑う。




「……なあ、蓮さ」

「――――ん?」


「……オレと暮らしてて、疲れない?」

「……え、お前、疲れてんの?」


 少なからずショックで。ドキドキしながら聞いてみると。

 樹はすぐに、ぶんぶん首を横に振った。



「オレ、すごく楽ちんすぎてさ。 蓮が無理して色々やってくれてるからかなーとか思って。大丈夫?」

「――――」



 ――――さっき、まったく同じ事、思ってた。

 


「……快適すぎて困るくらい、快適」

「あ、ほんと?――――じゃあ良かった。てか、何で困るの?」


 樹はクスクス笑いながら、オレを見つめてくる。



「いや、困んないけど……」



 ――――この同居をやめる時、困るかなと。

 思ってしまったんだけど。



「無理しないでいこ、まだ四年間始まったばっかりだしさ」

「……そだな」


「やな事あったら早めに言ってよね。オレも言うから」

「ん」



 そこまで言うと、もう樹はすっきりしたみたいで。

 コーヒーを飲みながら、ドラマに入り込んでいる。



 同じ事を考えてて。

 お互いが、快適で居られる事が、なんだかすごく嬉しい。



 ……良かった、樹と同居できて。

 毎日すごく穏やかで、幸せな感じ。




 そんな風に、日々、思ってしまう。




 

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