第4話「なんか、良いな」*蓮




 オレが顔を寄せると、樹は唇が触れる前に目を伏せる。



「――――」



 目を閉じて、キスを受けてくれる樹を見るのが、好き。

 ――――キスするのは、そんな、理由、かもしれない。



 最初にキスした時は、何だか急に、触れたくなった、としか言えない。



 樹は何も、聞かないし、言わない。

 それを良い事に、オレも何も言わない。


 別に、これ以上何かしたい訳でも、ない。


 だけど、何となく、日常でふっと、

 樹にキスしたい瞬間があって。


 それを、樹が何も言わずに許してくれているので、

 それに甘えて、もうどれくらい経ったっけ――――。


「……ごはん、食べよっか」


 唇が離れると、樹がそう言って、ふっと離れていく。



「――――ん」


 一緒に夕飯の準備をしながら、また、全然別の話をする。


 ――――これは、何なんだろう。

 

 唇を重ねても。

 ディープキスに持ち込もうとか、そういう衝動は、沸かない。

 激しい欲情を感じる訳でも、ない。


 でも、なんとなく。

 なんとなく、樹に触れたい。


 受け入れてくれる、瞳を伏せる樹の顔を、見たい。


 自分でも、謎すぎて、どうしたらいいのか、よく分からない。



◇ ◇ ◇ ◇




 オレが、樹と初めて話したのは、大学の入試の日だった。

 高校時代は、まったく接点が無かったので、バス停で降りて目が合った時、話しかけていいのか、一瞬ためらった。



「――――横澤、だよな?」


 そう言ったら、よくオレの事知ってるね、と言ってきた。



 うん。まあ。

 ……知ってた。


 樹には、イケメンで有名、とか言ったけど。

 少し違う。



『囲碁の大会で、個人戦でいいとこまでいった奴の顔が綺麗』


 そんな事を、クラスの奴らが話してた事があって。


「綺麗って、男なんだろ?」


 そう聞いた。 男と綺麗がいまいち結びつかなかった。


「でもほんとになんか、綺麗なんだよな」

「一回見て来いよ、蓮」


「はー?いらねーよ。男の綺麗なんか、必要ない」


 思ったままに言うと、「言ったオレらがバカでした」と返ってくる。


「蓮の彼女、綺麗な子が多いもんな……」

「オレ、綺麗な子好き。ちょっとキツイ顔の――――」

「はいはい。……あ、蓮! あいつあいつ!」

「ん?」


 教室の脇の、廊下を通り過ぎていく奴を指されて、そちらを見る。



「綺麗だったろ?」

「……全然見えなかった」

「見てこいよ、今ならすぐ見れるじゃん」


「つーか、何でオレが男追いかけて顔見なきゃいけないんだよ」


 めんどくさい。


 そんな会話を聞いてた周りの女子たちが、クスクス笑う。



「樹くんの事でしょ? 確かに綺麗だよね、皆言ってる」

「うん。頭よさそうだし。囲碁、なんか、似合うもんね」


 そんな事を女子達まで言い出し、ふーん、と少しの興味が湧いた時。


「あ。戻ってきた。蓮、見てて。私ちょうど用があったんだ」


 女子の一人が小走りで廊下の方に向かい。


「樹くーん!」


 そう呼ぶと、廊下を歩いてたそいつは、ふ、と気づいて、こちらに向かってきて、ドアの所で止まって、女子と何か話し始める。



「蓮、見えた?」

「隠れてて、見えね。 もー見てくるわ」


 立ち上がって、ドアに近づく。


「ごめん、ちょっと通して」


 言うと、「樹くん」は、ふい、と蓮を振り仰いだ。

 ぱちっ、と視線が絡む。



「――――」


 一瞬、何かが、よぎった。



 ――――綺麗。

 まあ。 それは、確かに。そうかも。


「あ、ごめん」


 合った視線はすぐに逸らされて、そう言うと、女子と二人で廊下に出ていった。


 

 肌白い。 なんか、全体的に色素が薄い気がする。髪も、茶色い。

 確かに――――… うん、まあ、綺麗かも。



「どーだった、蓮?」


「……まあまあ……?」


「まあまあって……そりゃお前の付き合う美人達に比べたら、そりゃ違うだろうけどさー」

「つか、お前、ほんと上から目線な。まあまあって、何だよ」


 やいのやいのうるさい外野には適当に答えながら。

 ――――うん、まあ、確かに綺麗、ではあった。三年近く、まるで見たことが無かったのが、不思議。


 ……まあでも、男だしな。

 オレ、男の顔なんか、いちいち見ねえし。知らなくて、当たり前か。



 とまあ。

 そんな経緯で、「綺麗」と呼ばれているのを知っていて。「綺麗」を言うのはどうかと思ったので、「イケメンで有名」と言ったら、「嫌味にしか聞こえない」と突っ込まれた。



 あ、そういう風にしゃべるんだな。


 ――――見た目から言ったら、すげえ静かそうなのに。

 何も余計な事話さず、静かに紅茶でも飲みながら、読書でもしながら、座ってそう。

返って

 鋭い突っ込みが返って来たのが、イメージと違って、面白かった。


 第一志望と聞いて、もし縁があったら、一緒になれるだろうかと。

 咄嗟に思ってそう言ったら、樹は、ふんわりと、笑んだ。



「――――」


 初めて目が合った時に、よぎった何かがまたよぎった。

 ……それが何の気持ちかは、よく分からないけど。


 一瞬、そわそわする感覚。というのか。

 はっきり言葉にできない、何か。



 お互いの合格を何となく祈りながら過ごしていたら、発表当日、高校の職員室の前で会った。それぞれの担任に報告して、何となく一緒に帰る事になって。


 そしたら、お互い、一人暮らしはしたいけど、やり慣れない家事があって、どうしようかと、同じような事を思っているのを知った。


 オレの料理と、こいつの掃除や洗濯、合わせて協力してけば、ちょうどいいんじゃないか?


 すぐそう思ったけれど、何と言っても知り合ったばかり。

 いや、知り合いとも呼べない位の、トータル数分程度しか話してない奴に、そんなこと言ったら、絶対警戒されそうだと思って。



 迷っていたら、樹が、言った。



「……同居、してみる?」



 と。


 さらっとそう言ってくれた樹の事を、なんだか一瞬で、好きになって。



 こいつ、なんか、良いな。

 そう思った。



 親は、友人となら、という事で、即決してくれた。話して数分の奴が相手だとはもちろん言わなかったので、その日のうちに同居が決まった。



 卒業式のすぐ後に引っ越して、二人で暮らし始めた。








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