第3話 



 そうと決まったら、とばかりに、連絡先を交換して、その日の内にお互いの親に話した。

 家賃も半分になるし、一人暮らしは心配だったけどお友達が一緒なら、と、双方の両親はすぐさま快諾してくれて、あっけなく話が決まった。


 お互いのことなんて、ほとんど何も知らない状態で。

 たった、いくつかのやりとりしかしてないのに。


 こんなんでいいのか位簡単に、同居を決めたのは。


 ――――多分、そのわずかなやりとりで。

 お互いが、お互いのことを、嫌じゃなかったから。


 感覚的な部分で。

 お互い、一緒に暮らしてもいいと、思ったからだと、今でも、思ってる。



 高校を卒業した三月後半から二人で暮らし始めた。

 大学から歩いて二十分、電車に乗るなら一駅のマンション。


 簡単な同居のルールを、二人で決めた。


 料理は蓮、掃除や洗濯はオレ。お互い手伝うし、それ以外の所は、お互い声をかけながら、押し付け合わずに率先してやる。

 勝手に人を連れ込まない。ちゃんと確認してからにすること。

 それぞれの部屋は、お互いが居ない時には入らない。 

 ご飯はリビングで一緒に食べる。

 もし喧嘩しても、挨拶はする。


 最後のルールは、蓮が言った。でも、一度も、喧嘩はしてない。


 すごく近いけど、入り込みすぎることもなく、邪魔にもならない。

 でも、側に誰か居てくれる、安心感は半端なくて。


 ほとんど知らない奴と同居なんてよくするなー、しかも加瀬みたいな派手な奴と。大変じゃないの? なんて、そんなようなことを、高校の友達には散々言われたけど。


 感覚を信じて、同居を決めて、ほんと良かった。

 一人暮らしをするよりも、よっぽど快適だった。



「樹?」

「え?」


「すごいぼーっとしてる。 話、聞いてた?」

「あ、ごめん」


 蓮の作ってくれた朝ご飯を食べながら、ぼんやりしてたオレは、はた、と現実に戻る。


「寝不足?」

「ううん眠くないよ。 卵焼き美味しいなーて、ぼーとしてた」


「はは。それはどーも」



 ほんと、ご飯、美味しい。これは嬉しすぎる誤算。

 「料理ができる」というのは「普通に作れる」という事なんだと思っていたら、全然、普通のレベルじゃなかった。


 ……母さんには内緒だけど、母さんよりも美味しかったりする。

 食べて、美味しすぎてびっくりする事もある位で。蓮は料理人になるのかな?と思ってたりする。


「ごめん、蓮の話、なんだった? も一回言って?」

「今夜のクラス会、樹行くんだろ?」

「うん、行くよ」

「じゃオレも行こ。 お前が行かないならやめとこーと思ってたんだ」


 そんな蓮の言葉に、ちょっと首をかしげる。


「オレ基準じゃなくていいのに。行きたいなら行っていいよ」

「まあそうなんだけど」


「オレ、たまにしか出ないし。蓮は、そういうの好きだよね? オレが行かなくても、気にしないで良いよ」

「……んー、でも、お前のご飯作って一緒に食べたいし」

「――――」


 一瞬、黙った後。

 ぷ、と笑ってしまう。


「蓮、オレのお母さん?」


 クスクス笑って言うと、蓮も笑って肩を竦める。


「いーんだよ。オレはオレで好きにするから。行きたい時は行くし。樹と居たい時はそーするし」

「でも最近、オレが行かないと、行ってないよね?」

「まあ、最近はそうだったかもだけど」

「無理しなくていいからね?」

「――――何も無理してねえし」

「なら良いんだけど」


 無理して、オレに付き合って、その内嫌んなっても困るし。

 

「ごちそうさまでした」


 手を合わせて言うと、ん、と笑う蓮。

 二人で食器を運んで、一緒に並んで洗う。



「蓮のご飯ばっかり食べちゃってるとさ?」

「ん?」


「蓮が居なくなったらどーしよーかなーと思う位、美味しい」

「大丈夫、居なくなんねーから」


 そんな答えに、ふ、と笑う。

 まあ確かに、四年間は一緒だもんね、きっと。



「樹」


 呼ばれて、隣の蓮を振り仰ぐと、不意にキスされて。

 流しっぱなしの水の音。


「蓮、水……」

「……ん」


 すぐにキスは離れて、洗いものの続き。




 キスって。

 ……蓮にとって、キスって、なんなんだろう。



 何も言わず、ただ、触れるだけのキスって、

 何の為に、するんだろ。




 蓮が何も言わないから。

 ……オレも何も言わない。



 別に気持ちも悪くないし、

 嫌だって言うほどのことも無い。


 ただ、触れるだけの。

 すこし重なるだけの、優しい、キス。



 なんだろう。



 外国の人がする、家族とかにもする、そんなキス。なのかな。


 引っ越しの時に、お互いの家族にも会ったけど――――。

 うーん、純日本人、だったよなあ。

 お父さんがめちゃくちゃイケメンで、この血を引いてるんだなーと、ひたすら納得したけど。



「蓮の家系に外人さん、いる?」

「……何その質問。 居ないよ?」


「ふーん……」

「オレ、外人ぽい?」


「いや……何でもない」


 クスクス笑ってる蓮。




「なあ、樹、クラス会に行く前さ、時間ある?」

「17時集合だよね。 講義が15時過ぎ迄だから……1時間位なら」

「買い物つきあって」

「ん、いーよ。何買うの?」

「食器見たい」

「あ、うん」


 最初は少ししかなかった食器。

 料理をいつも作るようになったら、好きな食器を選びたくなったみたいで。少しずつ、一緒に買い集めている。蓮がほんとに気に入ったのだけを買うから、ほんとに少しずつ。


「行く行く。一緒に見たい」


 言うと、蓮はふ、と嬉しそうに笑った。


 こういう時の蓮の笑い方が、最近、すごく好きだなと思う。



 何でするのかよく分からない、キスを除けば。

 ……ていうか、別に、キス込みでも。


 蓮との同居は、いつも穏やかで、楽しくて。


 少し前までまったく関わりがなかったのに、すごく不思議だけれど。



 ほんと。

 一緒に暮らせてよかった。




 そんな風に、いつも思ってる。





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