第17話 勇者ちゃん、ゴブリンの住む洞窟に行く──冬路ユキメと御使マナカのケース──⑤ おっぱい揉めば大体ハッピーエンドになる


 マナカの声は弾んでいる。


「やった! 一気に半分以上のゴブリンたちを無力化できたよ! はい、天才!」

「小銭ばらまいて、土砂の落ちる場所にゴブリンたちを誘導……」


 ユキメが独り言のように呟く。


「……ついでに、落ちてきた岩を鍋にぶつけてひっくり返させるよう、床を凍らせて滑りやすくした、と……でも、あんな変な岩の転がり方するぅ? 挙動がおかしかったんだけどバクじゃなぁい?」


 そんなユキメの疑問にコメント欄も同調する。


はちみつ『おかしいよな』

高校デビュー『落ちてきた岩があんな風に転がって丁度鍋に当たる確率って、イカサマじゃないの?』

もちっこ『これやってんねぇ』

青いゲリラ『そこは天使故の奇跡が発動したとも考えられる』

カシス『幸運最強』


 マナカは一転、ふくれっ面。

キレ散らかした。


「……! うまくいったのにごちゃごちゃごちゃごちゃ……! あとからケチつけるだけなら誰でもできんだ! なんの文句があるんだよ、ふざけるんじゃあない!」

「文句といえばぁ、ユキメからカツアゲした小銭、あれ、どうなるのぉ? ゴブリンのエサに使われちゃったけど、マナカ先輩、弁償してくれますぅ?」


 ユキメは土砂に埋もれた多くのゴブリンたちの方を見ながら尋ねる。

 土砂の下にはもともとユキメの所持金だった、多くの小銭も埋まっていた。


「あ……そ、それはもういいじゃん。僕達が助かるための費用だと思って……この話もう止めよ? はい、やめやめ」


骨ロック『金の話になった途端よわよわになるじゃん』

まるア『無駄な会話で尺稼ぎしないで。話進まない』

はちみつ『さっさと残りと戦え』

青いゲリラ『今が好機。敵が立ち直る前に続けて衝撃を与え続けろ』


 コメント欄に指摘されるまでもなく、ゴブリンたちの混乱ぶりは目についた。

 怯えて洞窟の横穴へと逃げ出す者。

 竦んで硬直し、首だけをキョロキョロ、辺りを見回している者。

 きぃきぃ声で喚き散らす者。

 事態が把握できず、寝ぼけ眼でのそのそ起き出す者。

 頭を隠して尻を出す者。

 訳の分からぬ身の危険に、ゴブリンたちはパニックに陥っていた。

 そんなパニックゴブリンたちに向かって怒号を浴びせる者もいる。

 頭に鉄兜を被ったゴブリン──ゴブリンの小頭だ。

 その声で我に返ったのか、寝ぼけ眼だった太っちょゴブリンがデカい棍棒を持って唸り出す。


青いゲリラ『リーダー格が大声出して統率を取り出した。もうすぐ立ち直るぞ』

高校デビュー『あーあ』

はちみち『あ、これは終わったな』


 マナカは、きゅっ、と唇を噛んだ。


「……あいつが、逃げだしたり怯えているゴブリンたちをまとめ始めたら、ゴブリンたちの動揺が収まって、僕達の勝ちめは低くなる……」


 そして、ユキメに合図するように目を向けた。


「……だから、あとはいかにあいつ、リーダー格のゴブリンを素早く潰せるか、ってのが肝心になる」

「力でごり押しってことぉ? それでマナカ先輩、大丈夫ぅ? やれんのぉ?」

「僕を誰だと思ってんの? ゴブリンなんて、1対1なら負けないよ」

「2人いますけどぉ?」


 ユキメは、ゴブリンの小頭と太っちょゴブリンを指差した。その2人は周りのゴブリンたちを怒鳴りつけて言うことを聞かせようとしている。


「だからこそさ、ユキメが援護してくれれば……あいつらの片方を止めることくらいできるだろ?」

「……マナカ先輩、あのぉ、ユキメは今、ろくな魔法が使えない役立たずなんだけどぉ……」

「でも、全く使えないわけじゃない、だろ? だから、頼むね」

「ユキメに任すってことぉ?」

「そう、背中は預ける」

「……しょうがないなぁ、任された! 行こう、マナカ先輩!」


 ユキメはやけに心強い笑顔を浮かべ、マナカに頷きかける。

 そして、それぞれ駆け出した。


デンタル『やったれ!』

カスタム二郎『いいぞ!』

kj『クライマックス?』

もちっこ『ここの中ボス、結構強いんだよ』

まるア『太っちょゴブリンの弱点は心臓! 心臓に杭を刺すと死ぬよ!』

びよーん『みんなそうでは?』

はちみつ『おい、教えるなよ。教えたら面白くないだろ』


 太っちょゴブリンは自分に向かって走ってくる天使に気付いた。

 怒りと欲望の視線を向け、吠える。

 かかってこいと言わんばかりに胸を張り、どでかい棍棒を振りかぶった。


「天罰……!」


 マナカの左腕から青い閃光が走り、太っちょゴブリンを直撃する。

 炸裂音。

 鼻をつく異臭。

 だが、太っちょゴブリンは倒れない。

 雷撃に耐え、マナカの頭を横スイングで木っ端みじんにしようとする。


「……くっ!」


 鈍い音と共に、マナカの雷針がそれを受け流した。

 だが、衝撃を全て流しきれたわけではない。

 雷針を持つ右手が痺れ、足も止まる。


「ぐへへ」


 ゴブリンの小頭はその隙を見逃さない。

 動きを止めたマナカの背後から、コブ付き棍棒を持って襲いかかろうとする。

 だが、ゴブリンの小頭は前に進めず、つんのめる。

その足は床に張り付いたままだ。

凍り付き、冷気が足を上ってくる。


「ぐへえ?」

「……今のユキメでも、足を凍らせることならできるかんねぇ」


 ゴブリンの小頭の傍まで駆け寄っていたユキメが囁く。

 それと同時に、ゴブリンの小頭の目には、ユキメが巨乳のゴブリンから巨乳のエルフへと変化して見えた。

 いつのまにこんな奴が傍まで来ていたのか!? とゴブリンの小頭は目を見張り、


「ぐへへぐっへぐっへ!?」

「……あー、さすがに直接ゴブリンに魔法を使ったら敵対行動になるかぁ」


 幻影の巻物の効果が消えたことを、ユキメは察した。

 ゴブリンの小頭はコブ付き棍棒を振り上げる。


「おっとぉ、それを喰らうつもりはないよぉ? 動けないでしょぉ?」


 ユキメはひょいと後ろに下がった。

 コブ付き棍棒の届かないギリギリのところまで離れて、べろべろばーなどしている。

 ゴブリンの小頭のこめかみに青筋が立った。

 みし、とゴブリンの小頭の足元が軋み、


「ぐへへーっ!」


 氷がはじけ飛んだ。

 ゴブリンの小頭の力強い一歩が、ずん、と響き、


「あ、やっば……」


 ユキメの頭を射程圏内に捕らえたコブ付き棍棒が振り下ろされた。

 と同時に、一陣の風が吹く。


「ぐっへ……?」


 ゴブリンの小頭は自分の身になにが起こったか理解しないまま死んだ。

 自分の胸に深々とつき立ったショートソードを見ながら。


「……え? あれぇ?」


 目をつぶって観念していたユキメ、目を開ける。

 倒れ伏した太っちょゴブリンの傍から、雷針を投擲したマナカが大きく息を吐くのが見えた。


「……あっぶなあ。ギリ間に合った」

「助かったぁ……」


 ユキメもへなへなと腰を落とし、息を吐いた。


「これで、なんとかなったね」


 マナカは周囲を見回して言った。

 生き残ったゴブリンたちは既に逃げ散っている。

 誰も小頭の仇を取ろうなどとは思わなかったらしい。

 だからマナカは悠々とユキメの傍に歩み寄って手を差し出し、


「……あれぇ? マナカ先輩、ユキメのこと、そんなお姫様みたいに支えてくれようとぉ……?」


 ユキメの握り返そうと差し出してきた手を無視して、ゴブリンの小頭の胸につき立った雷針を抜き取った。


「ごめんね、雷針。投げちゃって。一瞬でも離れ離れになって嫌だったよねえ?」


 ショートソードに労りの声をかける天使。

 そして、


「ん? どしたの、ユキメ? その手?」

「……うっさいわボケェ!」

「口悪う!?」


まるア『さあ、先に進もう!』

はちみつ『この先がいいんだよな』

高校デビュー『どっちが生きて帰るか楽しみ~』

塩辛『きっと自分を犠牲にしちゃうんだろうなあ』


 コメント欄が次の展開を求めて騒ぎ出す。

 と、それを見たユキメは首を振った。


「……じゃあマナカ先輩。もう雷針も回収できたし戻ろうねぇ」

「え?」

 

 マナカは問い返し、


「ここで終わりってこと?」

「そりゃあ、ねぇ? マナカ先輩、装備ほとんどないでしょぉ?」

「う……まあ、訳の分からないリスポーンでほとんど何の装備もなしに復活しちゃったから」

「じゃあ、帰るしかないよねぇ」

「いや、でも、僕、お金も何にもないんだぞ? ここで、少し稼がないと新しい装備だって……」

「無理したらまた死ぬでしょぉ? それにお金ないなら、ユキメが貸してあげますよぉ?」

「え! いいのお!?」

「トイチで」

「ヤクザじゃねーかっ!」

「それがダメなら、一生ユキメの下僕としてついてくるだけでいいけどぉ……」

「そっちの方が酷いんだが?」

「……まあ、さっきユキメが危ないところを助けてくれたしぃ、今回は無利子で貸してあげますよぉ」

「……ほんとにい? なんか企んでんじゃないの?」

「……胸が貧しいと心まで貧しくなるんやなぁ。そんなに人を疑うなんて、はあ、やだやだぁ……」

「おい」


 ユキメはマナカのドスの利いた声を無視して、コメント欄に目をやる。

 荒れていた。


まるア『なに言ってるの? 全然攻略できてないよ?』

青いゲリラ『いや、ここで撤退するのは理に適っている』

もちっこ『あーあ。期待させといてやらないとか英雄候補はウソツキなのかな?』

ヒーロー『逃げるな』

kj『やめなよ』

骨ロック『つまんな』

高校デビュー『やる気ないならやめちまえ!』

カシス『悪くないと思うよ』

塩辛『そう決めたんならそれでいいよ』

はちみつ『やる気のない英雄候補を全肯定かよ脳死してんな』


 ユキメは肩を竦める。


「みんなぁ? コメント欄で争わんとこ? 所詮、君達文字なんだから、文字同士仲良くしなよぉ?」


はちみつ『は?』

高校デビュー『は?』

もちっこ『すみません、文字です』

まるア『言うこと聞いて』


「文字なんて幽霊と同じでさぁ、幽霊怖いとか思って勝手に怖がるから幽霊にはなんかすごい力があるみたいに見えるけど、実際生きてる人になんもできんかんねぇ、幽霊」


デンタル『幽霊に知り合いでもいるんか?』

ひろし『幽霊になって女の子の部屋行きたい』

ケツパジェロ『↑なんもできんぞ』

おまえら『着替え覗いてもお風呂見ても結局なんにもできんぞ』

ひろし『うおおおおおおおああああああああああ!』


「生きてるこっち側が勝手に幽霊には力があるものと思い込んでるだけの幻想でぇ。君ら文字もなんか意味あること書き込んでこっちをコントロールできると思ってるかもしんないけどぉ、実際こっちが目ぇつぶりでもしたらなんも伝わらないからねぇ……」


デンタル『コメントブロックされたらそうやなあ……』

はちみつ『じゃあ見んのやめるぞ。同接減るぞ。困るだろ』


「……いやぁ、君達が見なくなってもこっちは死ぬわけじゃないしなぁ」


 ユキメは鼻の先を搔くなどした。


「君達がユキメのこと見なくなって他の物を見るようになっても、ユキメはユキメで生きて生活していくからぁ。こっちの世界でぇ。まあお別れは寂しいけどぉ、生きるってそういうもんだよねぇ。だから、君らも元気で生きてねぇ?」


 ユキメはコメント欄からマナカへと目を移した。

 マナカはぶつぶつと、


「……でも、やっぱり……ここで帰っちゃったら……」


 まだ迷っているようだった。


「……お金欲ちい……」


 ユキメは溜息を吐く。


「マナカ先輩。ここでユキメと一緒に帰ってくれたらいいことありますよぉ」

「……え? いいこと? どんなどんな?」

「ユキメのおっぱい触っていいですよぉ?」

「はぁ!? なんだ急にっ!?」

「一部かわいそうなマナカ先輩の後学のためにも、ねぇ? 触っときぃ?」

「おめえ変態じゃねえか!? そんな、そんななあ! もっと自分の身体を大切にしろよお!」

「……」

「……」

「……」

「……デェシェシェシェwww」


 マナカの口から、こらえきれない笑いが漏れた。

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「あーあ、だから言ったのに。そこ罠あるって言ったよね?」──勇者ちゃんはわしらが育てた──勇者候補生のダンジョン配信を視聴した指示厨おじさん愉悦部活動記録(ネタバレ:感情を食う化け物がでてきます) 浅草文芸堂 @asakusabungeidou

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