第16話 勇者ちゃん、ゴブリンの住む洞窟に行く──冬路ユキメと御使マナカのケース──④ ピタゴラスイッチ・トラップ、そうはならんやろの段

 ユキメは首を傾げる。


「いやぁ、言ってることよくわかんないんだけどぉ? ふわっとしてんなぁ」

「いや、わかんだろ! ゴブリンたちの罠を、逆にゴブリンたちに使ってやろうぜって言ってんの!」

「実際、具体的にどうすんのぉ?」

「ゴブリンたちはあの部屋の天井にも罠を仕掛けてる。それを僕達が起動させて、ゴブリンたちを圧し潰しちゃおうよ!」

「天井の罠ぁ? それどんなん? 天井から槍が突き出て落ちてくるとかぁ?」


 そう問われて、マナカは指を上に向けて差した。


「あそこ。岩とか土砂をせき止めて、いざという時落とせるようにしてるの。見えるだろ?」

「あ、ほんとだぁ。マナカ先輩、よく知ってますねぇ」

「……ああ、ちょっとね……!」


 マナカは一旦言葉を切った。

 言葉に何か凄みがこもっていた。


「……で、あんな罠が仕掛けてあるなら、それを僕達が利用しない手はないよねえ?」

「おぉ~、さすがマナカ先輩、狡猾に人の悪意を利用するなんてまさに天使だねぇ」


カシス『……天使?』

カスタム二郎『普通にディスってるよな?』

塩辛『だから友達いない子なんです』


 ユキメの言葉を聞いて、マナカは気分を害した風でもなく、さらりと言った。


「……ユキメ? その場でちょっとジャンプしてみて?」

「へぇ? ジャンプぅ? ここでぇ?」


 と、ユキメは胸に手を当てて小首を傾げる。胸が零れ落ちないように押さえているかのようだ。


「なんでぇ?」

「いいから」

 

ひろし『ばるんばるんさせるんですねわかります』

高校デビュー『でっっっ……!』

青いゲリラ『重力と物理演算のテストか?』


 そこでユキメははたと気付く。


「んん? あれぇ? それ、古の時代のヤンキーのカツアゲではぁ?」

「いいから、小銭全部だせ」

「おいおい、マジのカツアゲかよぉ!?」

「しょうがねえだろ! 僕、銅貨の一枚ですら持ってないんだから!」

「なんで急に小銭欲しくなっちゃったぁ?」

「必要なことなんだよ」


 マナカはゴブリンたちの屯している辺りを見ながら、言った。


「ユキメ、それでちょっとやってきてほしいことがあるんだ」


  ◆


 そのゴブリンはモブだった。

 仲間のゴブリンたちと一緒になって、巨大な料理鍋を囲んでいる。

 料理人ゴブリンに向かって喚き声をあげ、少しでも皿の中身を増やそうと足掻いていた。

 そんなモブゴブリン、ふと感じる。


 寒い?


 急にひんやりとした空気の流れが生じていた。

 微かな兆候。

 モブゴブリンは辺りを見回す。

 他のゴブリンたちはその冷気に気付いてもいないようだ。

 それはそうだ。

 ちょっとくらい寒いからなんだというのか?

 飯の分け前の方がはるかに重要だ。

 環境の変化よりも目先の利益こそが優先される。

 モブゴブリンもそんな些細な違和感など忘れて、メシの要求を再開した。

 と、その横を、


「はぁい、ごめんよごめんよぉ、ちょっと通りますよぉ」


 見知らぬゴブリンが肩で押しのけていく。

押されたモブゴブ、いらついた。

 無礼なそいつに唾でも吐きかけて鼻くそを擦り付けてやろうといきり立つ。

 そうして、歯を剥き出しに食って掛かろうとし、凝固した。


 ぼいんぼいん。


 と、轟音を響かせながら巨乳を揺らしているゴブリンがその相手だったからだ。

 巨乳には、ゴブリンの視線を誘導する効果がある。

 それまでの苛つきや敵意など全て忘失して、モブゴブは巨乳ゴブリンを凝視することしかできない。それは無の境地に近かった。


「……ええっとぉ……これでええんかぁ……? まったく、マナカ先輩も無茶言うよ。魔法使ってるのバレたら最初に捕まるのユキメじゃん……」


 巨乳ゴブリンは腰を屈め、床を撫でているようだ。

 と、その床に霜が降り、瞬く間に氷が張っていく。

 見れば、そうやって凍り付いた床面がここから部屋の片隅まで続いているようだ。

 だが、モブゴブはそんなところは見ない。

 屈んだ巨乳ゴブリンのたわわにぶら下がった部位を見る。

 モブゴブ、ごくりとつばを飲み込み、その音ではっと我に返った。


 ……でっか……でも……


 いくら巨乳でも相手はゴブリンだ。

 ゴブリン相手に欲情するなど、そんなのはゴブリンの風上にも置けない。


 まったくこいつは役に立たないおっぱいだ!


 モブゴブはせっかくの巨乳がゴブリンについている不幸を呪い、そんな役に立たないものに一瞬でも目を奪われたことにいら立った。

 そんなことよりメシだメシ! と理性を取り戻しかけた時、


「……あ……」


 巨乳ゴブリンが顔を上げ、モブゴブと目を合わせてきた。


「やっばぁ……見られてたぁ? ……でも、幻影の巻物の効果は消えてないっぽい? やっぱり、魔法で地面を凍らせるくらいなら敵対行為とは受け取られないってことなんかなぁ?」


 巨乳ゴブリンがごにょごにょ訳の分からないことを呟くのを、モブゴブは聞く。

 モブゴブには巨乳ゴブリンの言うことがさっぱりわからない。

 言葉はわからないが、


「まぁ、いっかぁ。じゃあ、始めるとしますよぉ? あのぉ、ゴブリンさんゴブリンさん? これわかるゴブゥ? マネーマネー」


 そういって巨乳ゴブリンが取り出したものはわかる。

 金だ。

 銅とか銀とか金とか。

 すごくわかる。


「ねぇ? いっぱいあるでしょぉ? これを……こうしてぇ……」


 巨乳ゴブリンはコインを一掴み、大きく振りかぶって、


「取ってこぉぉい! ゴブ」


 部屋の片隅に向かって投げ捨てた。

 コインが床面に落ちてかき鳴らす、とても気持ちのいい高音が響き渡る。

 みんなの大好きな音。

 その音は多くのゴブリンたちの耳に届き、はっ、と頭を上げ、音の出所を探る者多数。


「拾ったもの勝ち、早いもの勝ちだよぉ!」


 巨乳ゴブリンは更にコインをもう一掴み、先ほどと同じところに放り投げた。

 モブゴブ、もう辛抱たまらぬ。

 投げられた金貨銀貨銅貨を追って、駆け出していた。

 他のゴブリンたちも金につられて駆け出している。

 あっという間に押し合いへし合い。

 部屋の片隅に落ちた金を拾おうと、多くのゴブリンが参集していた。

 幸運なことに、モブゴブは金貨を拾えた。

 他のゴブリンに横取りされないよう股の間に金貨を隠し、もっと拾おう邪魔するな他の奴ら死ね! とばかりに床をまさぐり続ける。

 周りではゴブリン同士で喧嘩。喚きあい。

 そんな喧騒を切り裂くように、凛とした声が響いた。


「天罰っ!」


 モブゴブは見た。

 自分達の頭上に青い閃光が走り、それが天井付近で炸裂するのを。

 バシン! という破裂音がした。

 と、なにか留め具のようなものが外れたらしい、

 危ういバランスで保たれていた罠の留め具が破壊され、それによって支えられていた岩や土砂が解放されていた。


 モブゴブは聞いた。

 ゴゴ……と鈍い音を立てて、岩や土砂が雪崩落ちてくる音を。

 それは過たず、モブゴブ達の頭上から降りかかってくる。

 それは最早、滝のような重低音。

 仲間達の悲鳴。

 自分の喉から出る悲鳴。


 モブゴブは感じた。

 顔に当たる、降りかかってくる小石や土。

 そして、一瞬で眼前まで迫った大岩の圧。

 全身で受けた土砂の重み。

 そしてそれが一瞬で消え去る無。


 罠は発動され、その真下に集まっていたゴブリンたちは押しつぶされた。

 更に、落下してきた巨石の一部が、床面を滑っていく。まるで誘導されたかのように。

 つるつるに滑る凍った床面を石や土砂が流れていき、


「ぐへー!?」


 料理人ゴブリンが陣取っていた大鍋に直撃した。

 グラグラと煮立った鍋の中身がぶちまけられる。

 大鍋の周りで飯を要求していた意地汚いゴブリンたちはそれに残らず巻き込まれ、鍋の中身のスープにゴブリン風味を加えることに成功した。

 鍋の傍らで賭博をしていた弓兵ゴブリンたちもサイコロを握ったまま、焼けただれる。

 料理人ゴブリンに至っては料理の完成を見る間もなく即死。

 こうして、一瞬にして大半のゴブリンたちが死んだり戦闘不能になる地獄が現出した。

 だが、ゴブリンたちにとっての地獄はまだこれからだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る