第15話 勇者ちゃん、ゴブリンの住む洞窟に行く──冬路ユキメと御使マナカのケース──③ 手を汚した勇者と綺麗な手をした勇者

 そして、マナカは尊厳を失った。


はちみつ『G触った女』

カスタム二郎『結構がっつり掴んでたな』

高校デビュー『マナくんと一緒にご飯行くのなんかやだわ』

骨ロック『想像してごらん。マナくんの握ったおにぎり』

もちっこ『家庭訪問の先生に、作ったおはぎ捨てられるレベル』


 コメント欄に同調するように、ユキメも呟く。


「うわぁ、汚ったなぁ……マジかぁ……」


 どうやってか落とし穴の上に這いあがったマナカ、その言葉にむきになった。

 落とし穴の底に顔を向ける。

 唾飛ばしそうな勢いで、


「汚くないだろ! 直接は触ってません~! どこ見てたんだ! 氷でコーティングされてたからセーフじゃん、セーフ! そもそもおめえが凍らせたんだから、それくらいわかるだろうがよ!」


 マナカの指先は赤くなっている。

 真冬に手袋をしていない子供の手のようだ。

 それと同じくらい顔を赤くして、


「ていうか酷くない!? おめえがやらせたんだろが!」

「うそうそ。冗談だよぉ。本当はマナカ先輩が汚くないことくらいわかってますからぁ。……まあ……気持ちの問題ってやつぅ? マナカ先輩が氷の上からでもGに触ったのは本当だもんねぇ?」

「……こいつ……!」


 ユキメの答えに、マナカは低く唸る。


「で、マナカ先輩? そこからロープかなにか垂らしてくれません? それ使ってユキメも上りますんでぇ」

「……」

「マナカ先輩?」

「目の前に、巨大Gの身体とか足とか使った間に合わせのハシゴがあるじゃろ?」

「はぁ」

「使いなよ」

「ええ~? ばっちぃじゃないですかぁ」

「おめえさっき汚くないって言ったじゃねえかあ! 使えよお!」

「汚くはないですけどぉ、ユキメは触りたくないんでぇ。いいからロープ投げてください」

「……おめえも巨大Gのはしご使えや! 僕にだけ手を汚させて、自分は綺麗な手のままでいるとか許されねえよなあ!?」

「ええ~やだやだやだやだやだ」


 落とし穴の底で、ユキメはじたばたした。


「このハシゴ使わなくても外に出られるよう助けてくださいよぉ、マナカ先輩」

「わがまま言うな!」

「そんなこと言わず助けてほしいんよ、おねがぁい。あのぉ、何でもしますからぁ」


ひろし『ん? なんでも?』

塩辛『助けてあげて』

はちみつ『嘘だぞ騙されるな』


 ユキメは拝み倒してくる。

 上目遣いに潤んだ瞳。


「ユキメ、Gに触るのだけはマジNGなんでぇ、お願いしますぅ」

「おめえそんな調子のいいことをなあ! さっき僕のこと……」

「謝りますからぁ、お願いお願いお願い。足も舐めますぅレロレロレロレロ」

「きちゃな! やめろやめろやめろ! そっちの方がG触るより汚いだろ! どういう基準だよ! ……ったく、しょうがねえなあ……」


 マナカは落とし穴周辺を見回し、たまたま落ちていた布切れを拾っていく。

 結び合わせれば、落とし穴の底まで届きそうだ。

それがロープ代わりに使えるか、引っ張って強度を試した。

使えそうだ。


「え! 助けてくれるのぉ!? やったぁ!」


高校デビュー『いいの? そんなんで許すの?』

びよーん『甘いなあ』

青いゲリラ『2人で協力して洞窟を脱出するのなら、ここで時間をロスするのは無駄。これでいい』

もちっこ『ああ~、もっと心ギスギスしたところが見たいんじゃあ』


 こうして、ユキメはマナカの手を借りて落とし穴の外へと抜け出した。


「ありがとぉ、マナカ先輩、好き好きチュッチュッ!」

「抱き着くのやめろ。……もう、今回だけだかんな」

「やさしい~。やっぱ先輩っていいなぁ。もう一生ついてくねぇ」

「……よせよ、みんな見てるだろ?」


骨ロック『突然のイケボ』

カシス『いちゃいちゃしてる……のか?』

まるア『そんなのいいから早く攻略して?』

デンタル『その先輩、さっきG触った人やぞ』


 そんなコメント欄を見たユキメ、一瞬真顔になって、


「……あ」

「おい、なにが『……あ』なんだ? ……急に突き放すのやめろ」

「な、なんでもないですよぉ?」

「……なに、その距離?」

「さぁ、あとはゴブリンたちを討伐して生きて帰るだけだねぇ!」

「……こいつ……」

「え、えーっとぉ、ほら、マナカ先輩、集中集中ぅ! ゴブリンたちはまだマナカ先輩が復活したことに気付いてないみたいだしぃ、ユキメが落とし穴から出られたことにも気づいてない。これなら不意打ちとか余裕ですよぉ?」

「不意打ちったって、あの数相手に先手打って2~3人倒したところでジリ貧じゃん」

「とはいえ、いうて敵はゴブリンだからねぇ。力でごり押ししても勝てんじゃない?」

「……」

「ああ、そういえば、前回力押しして死んじゃった天使さんがいるんでしたっけぇ?」

「そういうおめえも今、力押ししようにも魔力漏れで大した魔法使えないんだろうがあ! 魔法使えない魔法使いに何の価値があんだよ!」


青いゲリラ『仲間同士で刺しあうな』

はちみつ『役立たず2人の攻略が始まる』


 ユキメはすまし顔をしてみせる。


「まあまあ、こういうときこそ有識者の皆さんの意見がですねぇ、必要だと思うんですよぉ。ねえ、みんなぁ? どうしたらいい? おしえてぇ?」


ヒーロー『こういう時だけ指示厨を利用するな』

青いゲリラ『ゴブリン洞窟のこのエリア内にいるゴブリンはおおよそ40程度。1人1人は大きな脅威ではなくても、それが一斉に敵対するとなるとかなり厳しい。まずは気付かれないように敵の数を減らすべきだ』

kj『ゴブリンを1人ずつおびき寄せて、誰にも気づかれないように陰で倒す?』

はちみつ『今すぐ突撃しろ。勝てる勝てる』


 コメント欄は好き勝手なことを言う。

 マナカはそんなコメント欄の指示から目を背けるように、ゴブリンたちが大勢集まっている広間に目をやっていた。

 その目がすっと細まる。

 それに気づいたユキメが、


「マナカ先輩?」

「僕は生前、ゴブリンたちの罠にしてやられた」


 マナカの言葉は独り言めいていた。


「奴らは罠を仕掛けてた。ならさあ? その罠を僕らが利用することもできるってことだよね?」


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