第11話 勇者ちゃん、ゴブリンの住む洞窟に行く──冬路ユキメのケース──⑧ バカにされるし助けてもらえないし虫に集られる

どさっ。


と、ユキメは穴底に叩きつけられた。


びよーん『あーあ』

カシス『ちんだ』

まるア『そこ罠あるよって言おうと思ったのに……』

高校デビュー『せっかち出たね』


「……いったぁ……」


 頭に手を当てつつ、ユキメはむくりと身を起こす。


カシス『ちんでなかった』

はちみつ『穴底に槍でも生えてたら即死だったのに。落下ダメージだけのただの落とし穴とかゴブリンもなに考えてんだ』

ひろし『もしかして、えっっ……なことしないと出られない穴!?』

もちっこ『なんで先に進んだの? 罠あるって思わなかった?』


「……ゴブリンさんが先に歩いたところをなぞって歩いたのに、なんで先に歩いたゴブリンさんは落ちてなくてユキメだけ落ちてんのぉ?」


 ユキメは恨めし気に上を見る。

 穴の縁から覗き込んでいるゴブリンの湿った笑みが見えた。

 なに落ちてんの? バカでぇ!

 みたいな悪意のこもった笑顔だ。


青いゲリラ『重さの関係だ。あのゴブリンは、ゴブリン1人が載ったのなら作動しない落とし穴の上を歩いた。だが、それより重いものが載ると床が崩れ落ちてしまう、そういう罠。幻影の巻物は認識を誤認させるだけで、実質は何も変わらない。当然、体重も変わらない』

ケツパジェロ『つまりゴブリンより重い、と』

カスタム二郎『重い女』

もちっこ『それってデ……』

塩辛『消せ消せ消せ消せ』

ひろし『おっぺえ大きいからしょうがないね!』


「おおい、こっから出してぇ!」


 上から覗き込んでいたゴブリン、ゲラゲラ笑いだした。

 指差して、手を叩く。

 たとえ仲間のゴブリンだろうと、馬鹿にできるときはバカにする、それがゴブリンだ。


「なにがおかしいってぇのぉ!? お前も落ちろぉ!」


 ユキメの癇癪にも大うけ。

 そうやってゴブリンはひとしきり笑った後、今度は不意に顔を引っ込めた。

 立ち去ってしまったらしい。

 もうオモチャにするのに飽きたのか、それとも上からユキメに向かって投げつけるう〇こでも探しに行ったのか。


「おぉい!? どこ行くねーん!? こらぁー! もどってこぉーい!」


 ユキメはやいのやいの言い募ったが、急にはっと真面目な顔になった。


「いや、待てよぉ? ここ、結構よくなぁい?」


 そう言って、ユキメは穴底をゆっくり見回し始める。

 穴の底は結構広めの空間になっていた。

 ユキメのいるところからでは穴底の端が見えないくらいには広い。

 その床面には骨やごみが転がっている。

 どうやらここはゴブリンのゴミ捨て場にもなっているようだ。


kj『きったな』

びよーん『結構な汚部屋』

デンタル『マナくんなら、ここのゴミ漁って小銭拾おうとするやろなぁ』

まるア『さっきの指輪! 一緒に穴底まで落ちてるから回収して!』


 ユキメは1人、訳知り顔で頷きつつ、


「うんうん、ここなら他のゴブリンに見られることなく氷結魔法展開できるくなぁい? ……そんでぇ、ユキメがここからタスケテ―ゴブぅ! って助けを呼んでこの穴底までゴブリンさん達をおびき寄せれば、あとは勝手に凍って死んでくれたりしなくなぁい?」


 捕らぬ狸の皮算用。


「災い転じて好機と為す……! いやぁ、機を見るに聡いって言うかぁ、臨機応変、機転が利くっていうんは、やっぱ地頭がいいんすかねぇ? みんなぁ、どう思うぅ?」


塩辛『さすが!』

ケツパジェロ『ゴブリンが助けに来る……?』

はちみつ『解釈不一致』

デンタル『さっきのゴブリン見てれば、ゴブリンが助けに来てくれるなんてナイーブな考えは捨てた方がいいってわかるやろ』

まるア『指輪!』


 コメント欄の8割ほどが否定的な意見で埋まったが、ユキメはくじけない。


「なぁんでよぉ? そうやってさぁ、やりもしないで無駄だ無駄だって諦めちゃうの、よくないよぉ? だからまあ物は試し、ここは氷結魔法を展開して範囲ダメージ出す極寒地帯を作っておきますよぉっとぉ……」


 その時だった。

 かさかさ。

 と、どこからか乾いた音がしてきたのは。

 そして視界の端をさっとよぎる黒い影。


「えっ!?」


 ユキメはなんらかの予感を覚えたのか。

 背筋をぶるっと震わせて、あたふたと周囲を見回し始めた。


「ちょ、ちょぉっと待ってぇ!? この気配、ユキメ知ってるんだけどぉ!?」


 穴底はゴミ捨て場。

 骨や食べ残しが散乱している。

 漂う生ごみの匂い。

 そんなごみ溜めにいるのは。


 かさかさかさかさかさ。


「ひぃいあァァァ!? でっかいGぃぃ!?」


 黒光りする平べったい甲虫が、その大きさには見合わぬ俊敏さでユキメの傍を駆け抜けていく。

 ユキメは悲鳴を上げた。


「はぁぁぁああいっ! コレ無理ぃぃぃぃ!」


 人の背丈ほどもあるその巨大Gはユキメの叫びに反応したかのように、ぴたりと動きを止める。

 触角がゆらゆら、ユキメの様子を窺っているようだ。

 この新鮮なエサをどう齧ろうか思案するかのように。


kj『ぎゃああああああ』

もちっこ『うw』

ひろし『蟲姦はちょっと……』

カシス『オワタ』

まるア『指輪!』

青いゲリラ『氷結系魔法は虫に効果的だ。虫系モンスターは寒さによって動きが鈍る。氷結魔法を使えば、こいつは大した障害にはならない』


「ほんとぉ!? こいつ魔法で死ぬぅ? 即死ぬぅ!? この図体で殺虫剤ぶっかけたときみたいに手足バタバタされたら無理なんだがぁぁ?」


 ユキメはコメント欄に向かって叫ぶ。


青いゲリラ『強力な氷結系魔法なら一瞬で凍らせることも可能。相手は一歩も動けないまま死ぬ』

ヒーロー『エターナルブリザードを放て!』

塩辛『頑張れー!』


「わ、わかったぁ。ユキメ、やるよやりますよぉ……!」


 ユキメの両手の先に魔力が集中していく。


「て、魔力集中してる間にGが襲ってきたらぁ? くるんでしょぉ!? どうせくるよねぇ!? こっちは知ってんだからなぁ!」


高校デビュー『うっさ!?』

はちみつ『やかましい』

骨ロック『鼓膜ないなった』


 ユキメはけん制するように喚きながら、巨大Gに両手をかざす。

 氷結魔法はまだ発動しない。


「くるかぁ? くるんかぁ? でもこっちもなぁ! 氷結魔法がこれからくるんだかんなぁ!」


 両手の先を巨大Gにしっかり狙いを定め、脅すように叫ぶユキメ。

 魔法発動までの時間を口で稼ごうとしていた。

 言葉の通じぬ巨大G相手に。


「ほらぁ、きたよぉ、きてますよぉ……はい、きたぁぁぁあ!」


 魔力の高まりを感じたユキメ、裂帛の気合と共にそれを指先から放出!

 ……しなかった。


「……こなーい……。……なんでぇ?」


 ユキメは確かに感じたはずの魔力の高まりが、体から抜け出ていることに茫然とする。

 

まるア『さっきこの洞窟で採れたキノコの入ったお酒飲んだから』

もちっこ『あのキノコのエキス飲むと精神が乱れて魔力がどんどん体から漏れ出るようになるんだよ、言わなかったけど』


「はいぃぃ!? え!? それじゃ、ユキメ、魔法使えないじゃんかさぁ!? え? どうすんのこれぇ?」


 満を持して。

 巨大Gが飛んだ。


「はぁぁぁぁぁい!?」


 ユキメの悲鳴はやけに高らかに響いた。

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