第10話 勇者ちゃん、ゴブリンの住む洞窟に行く──冬路ユキメのケース──⑦ 優しいのでゴブリンに死に場所を選ばせてあげる

「……あー、これはダメだわぁ。ちょぉっと我慢できんねぇ」


 ユキメの口調は落ち着いているように聞こえる。


「……ライン超えた奴は、逆にライン超えられても仕方ないかんねぇ。やっぱ殺さなきゃだわ」


 目がマジだった。


高校デビュー『ゴブリンたちをやるの? そうこなくっちゃ!』

はちみつ『いいぞ! やれやれ! 勝てる勝てる!』

カシス『どうした急に』

kj『なんで!? 自殺行為だよ』

もちっこ『なんで急にやる気になった?』


「マナカ先輩の死体を辱めて、やっちゃいけないライン超えたんだよなぁ。死体を弄ぶって完全に悪意だからねぇ」


塩辛『それはそう』

ケツパジェロ『いや、俺、ある勇者候補が死んだ仲間の死体振り回して遊ぶ配信してたの見たぞ?』

青いゲリラ『勇者は死んでもどうせ新たな肉体を得てリスポーンする。死体はただの抜け殻だ。そこまで憤りを覚えることか?』

ヒーロー『仲間内での、まあ、度を越した悪ふざけをする勇者候補もいるが、それは仲間内だから許されてるわけで。普通に敵や見も知らない奴に死体弄りされたらムカつくだろう』


 ユキメは下唇を噛み締める。


「……しかも、それでユキメにお酒まで飲ませたんでしょぉ? これは我慢できんくない? 完全に敵。このまま雷針もらってへらへら笑いながら帰るわけにはいかんねぇ」


はちみつ『そうそうその調子!』

高校デビュー『憎しみの炎を燃やせぇえええぇぇぇ‼‼』

青いゲリラ『ここで戦闘するメリットは何もない。これまでに少しずつゴブリンたちの数を減らしていたならともかく、今ゴブリン全員と敵対するのはマズい』

まるア『? マナくんの頭蓋骨でお酒飲まされたことがそんなに嫌だった?』

デンタル『それは許せなかったんか。ユキやんのラインわからん』


「……好きな人、ていうか親しい人が殺されてまで馬鹿にされてたら嫌な気持ちになるでしょぉ? 人の心持ってたらさぁ」


はちみつ『大体、人の頭蓋骨で酒飲まされるなんて気持ち悪いもんな! そりゃあムカついて当然だわ! ここで戦わないのは人の心無いね!』

塩辛『無謀な戦いをするように煽るのやめて』

もちっこ『もう完全にやる気だね』

デンタル『あーあ』

青いゲリラ『あーあ。せっかく無傷で帰れるところだったのに』


 そうしてユキメは、ゴブリンの小頭ににこやかに言ってのける。


「そういうわけでねぇ、あんたたち殺すことになったから! おい、ゴブ公ぉ、聞いてるぅ? ぶっ飛ばしてやんよぉ!? 仲良くしてねぇ? トモダチ! トモダチゴブ~!」


kj『あ』

骨ロック『あ』

闇姉妹『なんでそんなこと言っちゃうの』

カシス『そんな口きいたらやられるぞ!』


「え? だいじょうぶだいじょうぶ。ゴブリンさん達、こっちの言葉よくわかってないみたいだしさぁ、合間合間に、トモダチ! とか言うとけば問題ないんじゃない? しらんけどぉ」


おまえら『あーあ』

もちっこ『ファッキンジャップくらいわかるよバカヤロー』


 ゴブリンの小頭は、まだなにかあるのか? といった風に眉をひそめてみせてきた。

 ユキメの言葉を待っている。


「ほらぁ、全然平気じゃない? なにが、あーあ、なのぉ? ……ああ、ゴブリンさん、ごめんごめん。こっちの話ぃ。ええっとねぇ、そういうことならぁ……これから死にたい場所選んでくれるぅ? 要するに、氷結魔法を展開しても誰からも気付かれなくてぇ、ゴブリンさん達を巻き込まないから敵対もしないで済む、都合のいいスペースに行きたいのぉ。わかるぅ?」


青いゲリラ『この期に及んで、まだゴブリンと敵対しないまま、奴等を倒そうとしてるのか』

まるア『氷結ダメージ地帯を作って、その中にゴブリンたちをおびき寄せれば勝手に死ぬ作戦ね。でも、それって』

はちみつ『いいね! 切り札の魔法、最大限生かしていこうぜ!』

ケツパジェロ『絶対、敵対すると思うけど、ここまで来たらまあええか』

カスタム二郎『その作戦を実行するにあたっての前提条件考えれば無理って思わん? 誰にも気づかれない適度なスペースが必要ってさあ』

びろーん『それを殺されるゴブリン当人に聞くって言うのがまた、ね。大体、そんなこと言われても言葉わかんないんだからわかるわけないだろ』


 ゴブリンの小頭は首を捻り、それから大声で仲間の1人を呼びつけた。

 呼びつけられたゴブリンは、ふんふん、と頷き、それからユキメに向かって顎をしゃくる。


「ん? なにぃ?」


 そのゴブリンはちょこまかと洞窟内に開いた横穴の1つに向かった。

 ユキメの方を振り返りつつ、あそこだ、とばかりに顎で横穴の1つを指す。


びろーん『わかるのかよ!』

高校デビュー『都合よすぎぃ!』


 ユキメは気をよくしたようだ。


「はいはい、そっちねぇ。教えてくれてありがとぉ♡ お礼に殺すのは最後にしてあげるねぇ」


ケツパジェロ『あ、パクられた』

もちっこ『それさっき聞いた』


 と、ユキメは歩き出そうとして、ぴたりと足を止める。

 急に難しい顔をしている。


塩辛『ん?』

デンタル『どした?』

高校デビュー『なに止まってんの?』


「……ゴブリンさぁん? 先行ってくれるぅ? いいですよ。ありがとぉ♡」


 ユキメはそのゴブリンに先導するように促す。


「……なにも危険が無ければ先に行けますよねぇ? 行けますぅ?」


ヒーロー『罠か』

高校デビュー『ゴブリンを盾にしていくぅ!』

カスタム二郎『この警戒心よ』


 ゴブリンはユキメに促された通り、先を歩き始める。

 横穴に入り、その奥に広がる別室へと向かっていく。

 横穴の先はちょっとした広さがありそうだ。

 ユキメはゴブリンの歩いた場所を注意深くなぞるように進み、


「なんかボタンとか踏んで弓矢が飛んでくるとかぁ、毒ガスが出てくるとかは無さそうだけどぉ……」


 などと呟いた時だった。


「……ん? なにか落ちてる」


 ユキメは通路の端に赤いものが光るのを見た。

 それは赤い石の嵌った指輪だ。

 未鑑定の品。

 魔法がかかっているかもしれない。


「おやぁ? それなりに価値のありそうな指輪だけどぉ……なんでこんなところにぃ? 宝箱の中でも宝物庫でもないこんな通路に落ちてるん? ……これ、拾おうと近付いたらヤバい奴ぅ?」


ケツパジェロ『ん? これ、どっかで見た』

高校デビュー『罠なわけないよ! 拾って拾って!』

はちみつ『あーあ』

まるア『前回、マナくんが見つけて拾った指輪だね』


「……気になるけどぉ、なにかあるかもしんないから今は近付かんとくかぁ……」


 と、ユキメが無視して先を急ごうと歩き出した途端。


「あっ!?」


 いきなり、ユキメの下の床がガコンと外れ、奈落への入り口が開いた。

 避ける間もない。


「なんでぇえぇぇぇ!?」


 ユキメは叫びながら床下へと転落する。

 ぽっかり空いた穴の縁では、ユキメの先を歩いていたゴブリンがニヤニヤしながらユキメを見下ろしていた。

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