第9話 勇者ちゃん、ゴブリンの住む洞窟に行く──冬路ユキメのケース──⑥ ゴブリンと仲良くなったけどやっぱ殺すことにした

 ゴブリンの小頭は腰にぶら下げたショートソードを掴む。

 それは以前、御使マナカの持ち物だった雷針サンダーニードルだ。

 これが欲しいのか?

 そう問うように、小頭はユキメを睨みつけてくる。


「そう、それそれぇ! くれますぅ? ィィョ! ありがとぉ♡」


 ユキメは最早もらったかのように手を差し出している。


はちみつ『ああ、くれてやるよ。ぶすーっと』

もちっこ『心臓のある辺りにな!』

闇姉妹『フラグ?』


 不吉な未来図を予想するコメント欄。

 ゴブリンの小頭は腰から雷針を引き抜くと、


「え?」


 ユキメの差し出された手の中にそれを押し付けた。


「え? え? あれぇ!? あのぉ、ゴブリンさん? マジでくれるの? ほんとにぃ?」


 もらったユキメの方が驚いた。

 本当にくれるとは思っていなかったらしい。


「てっきり怒り出すかと思ってたんだけど、どういうことぉ? 他人に自分のものをあげるとかぁ……強欲じゃないゴブリンなんてこの世にいるぅ?」


まるア『こんな細くて弱そうな剣、いらないからやるってさ!』

青いゲリラ『ゴブリンの小頭は既にコブつき棍棒の方を装備していてお気に入りだから、雷針はそれほど大事ではないのだろう』

カシス『いいのかよ』

骨ロック『まあ、ゴブリンに雷撃ダメージ増加の+1ショートソードはあんまり使えないかもな』

塩辛『これで目標達成だね!』


「あんた……いいゴブリンさんなんかぁ?」


 ユキメの問いにゴブリンの小頭は歯茎をむき出しにした。


デンタル『わろてるで』

ひろし『その代わり……わかってるな? って言うつもりでしょう!? いいよ! 頑張って!』


 ユキメは深く感じ入ったようだ。


「そっかぁ。ユキメ、気前のいいひとは好きだよぉ」


ケツパジェロ『気に入った、殺すのは最後にしてやろう』

高校デビュー『5秒後には、あれは嘘だ、って言いそう』


 それから、ユキメは手の中の雷針をぎゅっと握りしめる。

 独り言のように言葉が漏れた。


「……やった……! 特に戦うことなくマナカ先輩の雷針取り返せた……!」


もちっこ『ちっ』

塩辛『おめでとう!』

kj『よかったね!』


「……これで雷針をかたにして、マナカ先輩に言うこと聞かせられる……! ふっへへへ……」


カシス『ん?』

青いゲリラ『ん?』

ひろし『エッチなこと!?』

もちっこ『そうだよな! そういうことだよな!』


「いやあ、別に変なことお願いするわけじゃないよぉ? 誤解しないでぇ? 前から言ってたでしょぉ? コラボして、一緒に冒険しませんかぁ? ってお願いするだけだって」


カスタム二郎『なんでそんなマナカちゃんにこだわるの?』

kj『わざわざ失くした武器を拾いに行ってあげるとか優しい』

デンタル『そんな絡みなかったやん』


 ユキメはコメント欄に応える。


「絡みぃ? あるよぉ? 実はユキメ、前にマナカ先輩からお酒おごってもらったことあるんだよねぇ。その時から、ちょっとマナカ先輩とは縁があるっていうかぁ……」


はちみつ『奢る? あのケチケチ天使が?』

骨ロック『なにそれ知らん』


「ああ、話してなかったっけぇ? これはユキメが勇者候補になっちゃってぇ、これからどうしようって悩んでた頃のことなんだけどぉ……」


もちっこ『初期の頃か』

青いゲリラ『突然勇者候補になったとき、誰しもが行く末に思い悩む。よくあること』


 ユキメは不意に暗い目をした。


「……ユキメなんかができるわけないって。人を助けるとか誰かのために戦うとか……そういう重い責任を負うなんて覚悟もなかったからぁ……ユキメが助けに行かなかったせいで多くの人が死んじゃうぅみたいなの、耐えられないかもぉって考えてたのねぇ」


青いゲリラ『誰かを助けるという選択は、同時に、誰かを助けないという選択にもなる』

ケツパジェロ『誰かを助けるにしても、体は1つしかないからな。困っている人達を全部同時には助けられない。そうなれば誰かを見捨てるしかない』

びよーん『全ての人を助けるなんてできないからね』


「でぇ、考えて考えてなんだか辛くなっちゃっててぇ……そんなとき、マナカ先輩がめっちゃドヤ顔でさぁ! ユキメ、最近勇者候補になったんだって? 奢ってやんよぉ! ってユキメのこと酒場に連れ出してくれてぇ」


デンタル『先輩面したかったんやろな』

はちみつ『勇者候補としてマウント取りに来たな』

塩辛『で、勇者としての心構えとか教えてくれたんだね。できる先輩!』


「それがさぁ、そのお店、思ったよりお高いところだったみたいでぇ。マナカ先輩、メニューとかウェイターさんの格好見てからずっと『あれ、これ、ヤバい……』って上の空なの。自分達が場違いだって即分かったんだろうねぇ。でも、ユキメはそんなん全然わからんかったからぁ。こんなすごいところに連れてきてくれる先輩ってめっちゃいいひと! ってバカスカ頼んじゃってぇ。で、マナカ先輩、お会計見たら『ええっ!? え、あ、あ……』ってなっちゃってさぁ」


もちっこ『だっさ』

高校デビュー『かっこわる』

ひろし『それ、お会計の金額見た瞬間、座ったままおしっこ漏らしてるやつ』

はちみつ『マウント失敗』


「まあ、ユキメも遠慮しないでバカスカお酒飲んじゃったからなぁ。タダ酒ってこんなに美味しいものなんだってその時初めて知ったんだぁ。マナカ先輩、その節は美味しいお酒、ありがとぉ♡ ユキメ、気前のいい人大好きだからねぇ」


kj『かわいそう』

デンタル『マナカちゃん、どんだけ払ったんや』

カシス『頼りにならない先輩だなぁ』


 と、ユキメの表情が柔らかくなる。


「頼りない、かぁ……でもねぇ? この人見てたら、なんか……なんか大丈夫かなぁ、やってけそうだなぁ、って思えちゃってぇ。そんなに肩ひじ張らなくても、勇者候補ってやっていけるんだぁってユキメを安心させてくれたのね、マナカ先輩」


カスタム二郎『まあ、そういう面はあるか』

びろーん『自分よりポンコツな人がいると居心地がいい、みたいな?』

おまえら『周りができる人ばっかだと自分と比べて辛くなっちゃうからな』


ユキメの目が遠くを見るように動いた。


「……今思うと、もしかしてマナカ先輩、わざとああいう情けないところをユキメに見せてくれたのかなぁ」


骨ロック『別にマナカちゃんそこまで考えてなかったと思うよ』

はちみつ『ないない』

もちっこ『それが素だろ』

はちみつ『後輩にいいとこ見せようとしてポンしただけよな』

高校デビュー『タダ酒奢らされた上にポンコツっぷりまで晒されたカワイソウな人になってる』


「マナカ先輩、そんなにお酒飲めないから、お店の相場とかもわからなかったんだろうねぇ。でも、マナカ先輩はユキメが先のこと不安がってるのを察して、何とかしてくれようと思ってくれたんだよぉ? それは事実。あのぉ、マナカ先輩自身も友達いなくて、人に話しかけたりするの苦手なのにぃ、そのマナカ先輩がよ? ユキメのために、頑張って誘ってくれたんだなぁって。なんか……やっぱいい人やなぁ」


塩辛『それでマナカちゃんへの恩返しのために雷針を取り返そう、と。いい話じゃん』

kj『優しくしてもらったら嬉しいもんね』


「……ていうか、いいとこ見せようとしてキョドっちゃったマナカ先輩見てたらなんか……いとおしくなっちゃってぇ! これ、ダメな子ほどかわいく見えるっていうあれかなぁ? どう思う?」


デンタル『相手先輩やぞ』

ケツパジェロ『どういう目線で見てるんだ』

高校デビュー『完全に子供扱いしてない?』


「で、そんないいとこ見せようとしたのにポンしちゃって傷ついたマナカ先輩の心、誰かが癒してあげないと、って思ったのねぇ。ユキメの心を癒してくれたマナカ先輩の心は、誰が癒してあげるの? ってぇ話よ、これぇ。それ以来ずっとマナカ先輩のこと、コラボに誘って仲良くしてあげようとと思ってたんだけどうまく誘う理由が見つかんなくてぇ。だからこそ今回の、これ」


 と、ユキメは手にした雷針をぐいっと掲げるようにする。


「これを使えば、恩を着せられる風にしてうまくコラボに誘えるってわけよ! これなら誘っても断られないでしょぉ?」


カシス『なるほど』

はちみつ『そんなんでいいのかよ』

高校デビュー『それで癒されるの?』


 ユキメはゴブリンの小頭にひらひらと手を振る。


「ありがとねぇ。抵抗もせず雷針を渡してくれてぇ。無益な殺生しなくてすんだわゴブ」


 ゴブリンの小頭も手を振り返してきた。


闇姉妹『すっかりゴブリンに溶け込んじゃって……』

もちっこ『でもこの後、先輩とコラボしてこの洞窟攻めるんだろ?」

カスタム二郎『結局殺すのでは……?』


「まあ、それは先の話だしぃ? それにコラボだって場合によっちゃぁ、内容が酒場デートになってマナカ先輩がまたお酒奢ってくれる展開になるかもだからぁ……いや、その方がユキメ的には嬉しいな? ……こっちは雷針持ってるんだから、どんなコラボするかはこっちが決めていいのではぁ?」


kj『かわいそう』

骨ロック『また集られるのか』

ケツパジェロ『マナカちゃん全然癒されないだろ、それ』


「わっかんないよぉ? マナカ先輩、ユキメに驕るのが癖になるかもしれないしぃ。そしたら、ユキメも嬉しいしウィンウィンよねぇ?」


ひろし『今なんかエッチなこと言った?』

青いゲリラ『今度はうまく先輩として振る舞えて自信を回復する可能性はある』

カシス『マナカちゃんに先輩面させてあげるってことか。それでいい気分になれて癒される、と』

まるア『え? じゃあ、ゴブリン洞窟の攻略しないの? ウソでしょ?』


 ユキメは雷針を頬ずりせんばかりに抱きしめ、うっすら笑う。


「これさえ手に入れば長居は無用ってねぇ。幻影の巻物の効果が残っている内にさっさと帰りまぁす。じゃあ、ゴブリンさん達も元気でねぇ」


闇姉妹『いいの? このまま悪いゴブリンを討伐せず行っちゃっても?』

はちみつ『あまつさえ、ちょっと仲良くなって帰るなんて勇者として問題じゃね?』


「? 戦わずに目的達成できたならそれでよくなぁい?」


 全然問題だと思っていない顔のユキメ。


ヒーロー『悪を放っておいて、その悪が被害をもたらしたら、放置していた者の責任だろ。見逃すべきじゃない』

塩辛『無理に戦うことないよ』

青いゲリラ『今この場で多数のゴブリンたちと戦闘になるのは避けた方がいい。幻影の巻物の効果による最初の不意打ち以外の優位がない』

もちっこ『戦え。そして全ロスしろ』

高校デビュー『ボコボコにしてよ』


 コメント欄に投げかけられるたくさんの言葉に、ユキメは肩を竦める。


「ゴブリンさん達と仲良くなってもいいでしょぉ? まっずいとはいえ一緒にお酒飲んだ仲だし、気前いいし、わざわざ戦うのめんどくさぁ」


はちみつ『いいや、戦わなきゃ! こいつらは人々を殺し村々を略奪するモンスター、敵だぞ?』

ひろし『戦って敗北してくっころからの即落ちまでが1セットでしょ! まずは戦わなきゃ次のステップ【敗北】に進めないよ!』

ケツパジェロ『まあ好きにすればいいだろ。戦う理由がないならここで戦う方が不自然だ』

まるア『一緒にお酒飲んだといえば、あの頭蓋骨の盃、あれマナカちゃんだよ』


「……え?」


 コメント欄の一行を目にしたユキメは固まった。


まるア『ユキメちゃんが口付けて飲んでたあの頭蓋骨、マナカちゃん』


 ユキメの表情から緩さが消えうせた。

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