第7話 勇者ちゃん、ゴブリンの住む洞窟に行く──冬路ユキメのケース──④ ゴブリンいっぱいの中でアルハラを受ける

 そこには、20~30人ほどのゴブリンがたむろしている。

 いや、ユキメを先導してきたゴブリン6人を合わせればもっとか。

 大鍋の傍に群がり、壊れた木皿や欠けたカップを振り上げている連中。大鍋をかき混ぜている料理人ゴブリンに文句をつけているのか称賛の声か。

 傍らには、骨製の弓矢を背負ってサイコロを振り合っているゴブリンの弓兵達。

 間に合わせのテーブルや椅子について、なんだかわからないブヨブヨしたものを手づかみで食っているゴブリンたちもいた。

 その傍で、ひっくり返って寝ているのは太っちょゴブリンだ。酔い潰れているらしい。あの不覚さでは何か盗まれても気付くまい。

 喧嘩なのか決闘なのか、2人で掴み合いをしているゴブリンたちも見える。それを囃し立てている周りの数人の下卑た顔といったら!

 

 ユキメは肩を竦めた。


「どれが雷針を持ってるゴブリン? ちょっと、これ一人ひとり探すの大変そうなんだけどぉ……全員殺すか……」


びろーん『怖っ』

もちっこ『全部殺してからゆっくり探した方がコスパいいよ!』

カシス『勇者とは』


「うそうそ、冗談に決まってるでしょぉ~? ユキメ、か弱い女の子なんだから、ゴブリン30人も殺せないよぉ~、ええ~無理無理ぃ~。ゴブリンさんこわ~い、ふぇぇぇん」


はちみつ『きっつ!』

骨ロック『きっ』

カスタム二郎『なんかなぐりたい』

塩辛『かわいい!』


「きっつ言うな! きつくないだろぉ⁉ あと暴力もやめてくださーい、訴えますよぉ? いいんですかぁ?」


ケツパジェロ『それにしてもゴブリン、こんなにいたのか』

まるア『前にマナカちゃんがここへやってきたときと随分状況が違うよね?』

青いゲリラ『ゴブリンたちに気付かれないようにすれば、迎撃態勢を取られることもなくこんな状況で乗り込むことができる』

ひろし『なんでこんなにゴブリンがいるのに、捕まえた村娘にエッ……なことしてるゴブリンさんがいないんだよ! そろいもそろって! なにやってんだ、しっかりして!』


 と、ユキメをここまで連れてきたゴブリン6人組が、この部屋の奥の方を指差す。

 そこはこの部屋にいくつかある横穴の1つで、その前に陣取る大柄なゴブリンが見えた。

 ゴブリン6人組は、行くなら行け、と言わんばかり。

 その大柄なゴブリンは鉄兜を被り、いかにも強面だ。

 大樽から酒をすくって飲んでいる。

 頭蓋骨の盃で。

 ユキメは眉を顰めつつ、


「おっとぉ、ワイルドな方がいらっしゃいますねぇ」


デンタル『あ』

kj『きたわね』

まるア『あのゴブリンだよ、マナカちゃんの雷針を拾って使ってるの』


「あれか~。倒せるかなぁ?」


もちっこ『やっちゃえ』

はちみつ『警戒してない奴なら不意打ちで絶対殺せる。魔法撃て』

1234『初見ですが、勝てると思います』

青いゲリラ『あのゴブリンの小頭を倒せたとしても、ここにいるゴブリンたち全員を相手にして生きて出られるとは思わない方がいい』


「ええ~? そう思うぅ? どうしよっかなぁ~?」


塩辛『範囲魔法を展開して、そこにゴブリンたちをおびき寄せて倒すっていう例の作戦は?』

kj『ダメージゾーン作って、そこにゴブリンが勝手に入って死ぬ分には敵対しないってロジックね』

カスタム二郎『それ、通るのか……?』


「それねぇ。範囲氷結魔法展開するにしても、ゴブリンさん達に直接当てたらダメージ入って敵対しちゃうし、幻影の巻物の効果も切れちゃうでしょぉ? どこか目立たない角にでも氷結魔法出しとくかぁ……?」


骨ロック『こんなに見てる奴がいる前で魔法使ったら普通にバレるだろ』

カシス『ここで魔法展開するのは正体ばらすのと一緒やな』


「ああ言えばこう言うぅ! じゃあ、ゴブリンさん達の目をなんかで逸らしてからじゃないと魔法使っちゃダメぇ? めんどくさいなぁ!」


はちみつ『自分のガバ作戦が悪いんだろ』

もちっこ『細かいこと気にせずバーンと撃っちゃえばいいよ』

ケツパジェロ『でも、この数のゴブリンをいっぺんに倒せるようなでかい範囲攻撃魔法なんてないぞ』


「ん~……じゃあまあ、なんか隙を見て……」


 独り言のように呟いた後、ユキメは急に考えるのが面倒になったのか、


「ああもぉ、成り行きよ成り行きぃ! 最大の効果を発揮できる瞬間に魔法を展開しないといけないかんねぇ。魔法使ってバレるにしても、そこでできるだけたくさんゴブリンさんたちを倒しとかないと詰んじゃうから。臨機応変ってやつぅ?」


青いゲリラ『高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応するということか』

デンタル『適当過ぎん?』


「いいの! というか、バレないうちにちまちまゴブリンさんたちの数を減らした方がいいかなぁ……いや、そもそも目的は雷針なんだから……あのボスっぽいのから雷針をもらえればそれでいいのではぁ? 無理に戦わなくても、ねえ?」


塩辛『そうだね!』

kj『話し合いで解決?』

はちみつ『もらえるわけないだろ』

もちっこ『殺し合いで解決しろ』


「よっしゃぁ! そうと決まれば挨拶してくるわ! そんで、雷針くれますぅ? いいですよ、ありがとぉ、ってなってくるから、みんな、見てなぁ!」


カシス『そうはならんやろ』

デンタル『そうはならんやろ』

はちみつ『まーたガバガバ』

塩辛『えらい!挨拶は大事!』


 ユキメは右手を掲げながら、大柄なゴブリンに向かって近づいていく。

 そして、にこやかに。


「どうもこんユキぃ~! 手が冷たい子は心が温かい、氷の手をした巨乳ゴブリンこと雪のゴブリン、ゴブユキでぇす。どうもどうもゴブ~」


カスタム二郎『自己紹介流用すな』

びろーん『なんで語尾にゴブつけた?』

青いゲリラ『取ってつけたゴブリン語要素』


 大柄ゴブリンは大樽から酒をすくう手を止め、胡散臭げにユキメを睨みつけてくる。

 鼻をひくつかせ、匂いを嗅いでいるようだ。


kj『あ』

塩辛『あ、これ』

骨ロック『ヤバくね?』


「お~い、どしたぁ? こんユキゴブよぉ~? お返事はぁ? ところで、さっきから何のお酒飲んでんのぉ? それ美味しいぃ?」


カシス『世間話始めたで』

青いゲリラ『いや、これは賢いかもしれん』

もちっこ『やっぱ酒に食いついたか』

 

 ゴブリンは顔を歪めたが、なにも言わない。

 そして、手にした頭蓋骨で酒をすくい、それを差し出してきた。

 ぐい、とばかりにユキメに押し付けてくる。


「え? いいのぉ? 一杯いただいちゃってもぉ? 昼間っからぁ? いやぁ、すいませんねぇどぉもどぉもゴブ」


 ユキメ、ただ酒が飲めると緩む顔。

 だが、コメント欄はざわつき始める。


闇姉妹『ゴブリンのお酒飲むの!?』

カシス『命知らず過ぎん?』

デンタル『ていうか、頭蓋骨に口付けて酒飲むの? ……勇者さん?』


 押し付けられた酒入り頭蓋骨に顔を近づけるユキメ。

 その表情が一変した。


「……くっさっ!? えぇっ!? ちょっとちょっとぉ!? すっごいにおいがきついんですけどぉ? 待って? これ、なにが入ってんのぉ?」


ひろし『媚薬入りなんだよね! 知ってる!』 

まるア『この洞窟で採れるキノコが入ってるはずだよ』

青いゲリラ『一般的にゴブリンの酒はなんでも漬け込んで風味を出すと言われている。定番としてはネズミ、カエル、ヘビ、古い靴下、あとゴブリンのハナミズ』


「ハナミズゥ!? 鼻水入ってるの、これぇ!? おええええ! いやぁ、これはアカンでしょぉ。アカン酒」


はちみつ『ネズミやカエルが入ってるのはいいのか』

もちっこ『さあ、ぐっといこう、ぐっと』


「えええええ~? やだやだやだやだやだやだ、絶対飲まん、飲めなぁい。これ飲んだら大事な何かを失う気がするんだがぁ?」


もちっこ『ほら、せっかく一杯勧められてるのに断るのは失礼だぞ』


 大柄なゴブリンは酒に口をつけないユキメにイライラし出したようだ。

 ねめつけるような視線をユキメに送ってくる。


はちみつ『これ断ったら即戦闘だな』

もちっこ『あーあ』

カシス『あーあ』

カスタム二郎『やっちゃったな』


「うううううええええええ」


 ユキメは両手で酒入り頭蓋骨を支え、香り立つ臭いを味わう。

 ユキメの中の大事な一線が今最大の危機に瀕していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る