第3話 勇者ちゃん、ゴブリンの住む洞窟に行く──御使マナカのケース──③

 マナカは思わず漏らした。


「うわあ……キノコだらけ……」


 そこは毒々しい色のキノコが無数に生えた空間だった。

 中には人の背丈より大きいキノコもあり、鬱蒼とした密林のようになっている。


アン『キノコ嫌あああ!』

ひろし『でっけえキノコがぽろん……いいね!ワクワクしてくるよ』

長生き『このキノコ、さっきゴブリンがドロップした奴じゃない?』

骨ロック『マズくね?こんなところで隠れられたら見つけるのに一苦労じゃん』


 だが、マナカに矢を射かけたゴブリンはキノコの山に隠れることも無く、慌てて次の洞窟へと走り込んでいってしまう。


説教筋肉『さあ、戦いはすぐそこだぞ‼‼‼‼』

青いゲリラ『なんでこんなところにキノコの群生地があるのか。そこにはなんらかの理由があるものだ』

闇姉妹『お覚悟を』

まるア『あ、この先たぶん中ボス! 回復して!』


「ちょっとぉ、どうして逃げるんですかあ? 話し合いしてくださいよぉ~?」


 青い雷を左手にバチバチさせながら、マナカは逃げるゴブリンに呼びかけた。

そして、ゴブリンを見落とさないようについていく。


はちみつ『絶対話し合う気ないやん』

もちっこ『溢れ出る殺意(天使)』


 そうして、マナカがゴブリンの逃げ込んだ通路を抜けると、そこは更に大きな空洞になっていた。

 あちこちに、計5つの横穴が開いた大部屋だ。

 部屋の一角には積み上げられたテーブルや椅子が小山のようになっている。

 急ごしらえのバリケードといったところか。

 その傍には大鍋もあり、ふつふつと中身の煮えている様子が見えた。

 どうもここはゴブリンたちの食事場・集会所のようだ。

 だが、他のゴブリンたちの姿はない。

 壁上方の天井近くには、何のためか、木の枠が設えられている。

 と、逃げ込んだゴブリンはこの部屋に通じる5つの横穴のうちの一番奥へと向かうようだ。

 だが、そこまでは距離があった。

 マナカの目の前に無防備なゴブリンの背中が晒される。


「横穴に逃げ込む前に、話し合い!」


 マナカの左手からゴブリンめがけて青い稲妻が放たれる、そう思えたその直前に、


「ふぅわっ!?」


 マナカの頬を矢がかすめた。

 近くの横穴から、ぬっ、と弓を手にした別のゴブリンが姿を現し、射掛けてきたのだ。


カシス『待ち伏せ!?』

説教筋肉『また新しいオモチャが出てきたぞ‼‼‼喜べぃっ‼‼‼‼‼‼‼』

青いゲリラ『出たわね』


「びっくりしたあああ! もうっ! 先にそっちか!」


 マナカは振り返り、狙いを定めようとする。

 が、今度は反対方向から、ひゅっ。

 この部屋の横穴のそれぞれに弓持ちのゴブリンが潜んでいて、マナカが部屋に入るのを待ち構えていたらしい。四方八方から飛んでくる矢に、


「いって! いたいいたいいたい、あのちょっとやめてもらえますか、すいません、あの、いきっててすみませんでした!」


 マナカはたまらず、矢から逃れようとした。

 雷針サンダーニードルによって、致命的な一撃は矢避けで避けているが、それ以外のところにはぶっすぶっすと刺さっていく。体力を削られていた。


まるア『やばいやばい!』

びよーん『あーあ』

もちっこ『ハリネズミwww』

はちみつ『尻から矢生えてて草』

ひろし『ごぶりんさん、そうじゃないよ!痛そうなのはぬけない』

1234『初見です。物陰に隠れたらよくないですか? テーブルの後ろ、安全地帯ですよ』


「ちょ、ちょ、一旦落ち着こ? ね? いった! 痛いって! やめてって!」


 マナカは部屋の一角に積み上げられたテーブルや椅子の陰に隠れた。

 丁度そこが矢からの遮蔽物になっている。

 雨あられのように降ってくる矢から逃れられて、マナカはふうと一息ついた。

 それでようやく状況を判断できるようになる。


「……こうなればこっちのもんだよ! 物陰に隠れながらの撃ち合いになれば、へなちょこ矢なんかより、僕の天罰の方がずっと命中率も威力も上なんだからね! ……もう許さん、ゴブリンころすから!」


 屈辱を晴らすべく、マナカはいきり立った。

 さあ、反撃!

 と、テーブルの陰から顔をのぞかせ、天罰の狙いを定めようとした時、マナカは見た。

 部屋の奥で、鉄兜を被ったゴブリンがなにかロープを引っ張る姿を。

 そのロープは部屋の天井部分から垂らされており、そこから天井を横切って、部屋の反対側へと続いている。

 それは天井近くの壁上方に設置されていた木枠に繋がっていた。

 ロープに引っ張られ、がこん、と木枠が外れる。

 すると木枠の上に積まれていた石の山が雪崩を起こして崩れ落ちてくるではないか。

 それは過たず、テーブルの陰に隠れていたマナカの頭上に降り注ぐ。

 まるで狙いすましていたかのように。


「あだだだだだいたいいたい、ちょ、まっ」


 ごっ。


 デカい石がマナカの頭を直撃。

 ぶっ倒れたマナカの上に、無常に降り注ぐ大量の石塊。


 どざざざざざ。


 こうして、御使マナカは石の下敷きになって息絶えた。

 配信画面が真っ黒になる。


「……ちょっと!? 僕死んだんだけど!?」


  マナカの声だけが虚ろに響いた。


「……ええ!? ゴブリンに!? 勇者が!? こんなのってあるぅ!?」


 配信画面の端にあるコメント欄が動いた。


びろーん『あーあ』

ケツパジェロ『あーあ』

青いゲリラ『あーあ』


「ええ!? ここで死んだら……全ロス!? 僕の雷針は!? 回収は!? え、無理じゃない?」


はちみつ『だから言ったのに』

もちっこ『このダンジョン、罠あるよって言ったよね?』

青いゲリラ『ちょうど落石の罠のある位置に誘導されたな』

デンタル『一人で行くから』

もちっこ『誰かとコラボしていけばいいのに』


「……コラボする相手がいないんでぁよっ! ぼっち舐めるな……! 舐めるなぼっち……!いっしょに攻略してくれる勇者がいたら苦労しないわ!」


アン『キレ散らかしててかわいい』

説教筋肉『そうだ! その怒りを忘れるな! 純粋なる戦いを求めろ‼‼‼‼』

1234『ここちええ~!マナくんの悲鳴でしか摂取できない栄養素がある』


「僕にウソ教えた奴、おみゃあ許さねーかんなあ!」


もちっこ『リスポーン地点からまた復活できるからいいじゃん』

青いゲリラ『勇者は何度でも蘇る。デスペナはあるが』


「いや、またやり直しじゃん!」


ひろし『もう一回できてお得でしょ?』

説教筋肉『死ね‼‼‼死んで覚えろ‼‼‼痛くなければ覚えぬ‼‼‼』


「もう、ほんとにぃ……! ああいえばこういう……もう終わりだよっ! 今日はここまで! おつ勇者でした! ……回収できるかなあ……」


 マナカの声だけが聞こえてくる真っ黒な配信画面。

 それが、ぱっ、とエンディング画像に移り変わる。

 マナカがショートソードを掲げているポーズを決めているシーンだ。

 軽快なBGMが流れる中、コメント欄もまた動きを止めず流れている。


『今日もよかった』

『これからもマナくんの冒険たのしみにしてます』

『今までは人の人生横から見るだけだったけど便利な世の中になったな』

『勇者に指示してコントロールできるようになったのマジ愉悦』

『今はこうやって勇者の人生に口挟んでうまく誘導できるようになったの便利よな』

『好みの勇者を自分の手でハッピーエンドにもバッドエンドにも持っていけるのマジ神』

『マナくんが喜んでる姿を見たいけどな』

『ぼっちで不遇なマナくんが報われて笑顔になることでしか得られない味わいがあるの』

『俺は女の子勇者同士のてぇてぇが見たい!』

『あー、マナくん闇落ちさせたいんじゃー』

『そのためにはマナくんの心に大きな傷を負わせなきゃ……』

『勇者の悲しみや絶望を見て愉悦するためにも指示厨活動頑張るぞい!』

『次のマナくんの配信でもキレるとこ見てえよな』

『おつ勇者―』

『おつ勇者~』


 コメント欄もようやく止まる。

 BGMも消えた。

 配信画面は静寂に包まれる。

 そしてまた、指示厨おじさんは次の勇者の配信が始まるのを待つのだ。

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