第2話 勇者ちゃん、ゴブリンの住む洞窟に行く──御使マナカのケース──②

「……っぶなぁ~……! 完全に終わったかと思った……」


 マナカは踏み抜いた地面を見つめる。

 そこにはぽっかりと開いた穴があり、底の方には濁った色の液体が溜まっていた。

 パラパラと落ちていった土がその液体に触れると、じゅっ、と濁音が響いて薄煙が上がる。

 マナカは足を空中でプラプラさせながら、冷や汗を拭った。

 と、その背中にはうっすらと輝く半透明の翼のようなものが浮かんでいるではないか。

 先程までは無かったものだ。


骨ロック『あれ?』

はちみつ『なんで落ちてないの?』

ねっちょりぼんくん『浮いてる?』

もちっこ『これチートじゃね?』

青いゲリラ『天界の住人として天使の羽という浮遊能力を持つマナくんは、ここにある落下系トラップとは相性がいい。発動させてから回避も可能』

ひろし『ごぶりんさんが一生懸命作った、服だけ溶かす酸の罠なのに!なんてことするの!卑怯だぞ!』


「いやあ、咄嗟に羽根出せて助かったぁ~。……と、ここら辺はみんな地面が柔らかくなってるのかな……? もうちょっと先に進んで……」


 マナカはそう言いながら、えっちらおっちら空中を腕で漕いで移動していく。

 ふよふよと、蚊の止まりそうな動きだ。


びろーん『かわいい』

アン『もたもたしててかわいい!』

はちみつ『宙に浮かぶだけで自由に移動はできないの?』


 マナカはようやく硬い地面に足を下ろした。

 そこはゴブリンたちの荷物が雑然と置かれている区画のようだ。

 壊れかけた木箱や割れた水瓶が地面に積まれていた。

 壁には大きな戸板などが立てかけられている。


「……よいしょっと……あれが即死級のトラップ、かな? ま、僕には通用しなかったけどね! 初見で回避余裕ですよ。やっぱり僕すごいかも! はい、天才」


 マナカのドヤ顔がアップになる。


ケツパジェロ『さすが勇者』

長生き『有能』

おまえら『俺達が鍛えたお陰だな!』

青いゲリラ『今回トラップを回避できたのはマナくんの観察力や判断力が優れていたからではない。単なるその肉体の性能のおかげだということを忘れるな』


 コメント欄を目にして、マナカのドヤ顔がふくれっ面に代わる。


「……ちょっと、なんでそんなこと言うの? せっかくトラップも回避して自己肯定感あがるわーってとこなのに。チクチク言葉禁止でーす。観察力ないとか、それじゃあ僕に勇者としての中身が伴ってないみたいに聞こえるんですけれど……」


もちっこ『それは思ったわ』

はちみつ『空飛べるなら誰だって楽勝じゃん、ここ』


「……そんなこと言うなよっ! 僕、頑張ってるだろうがよっ! ヘラっちゃうぞ!?」


デンタル『ヘラくんはじまった』

アン『ヘラくん、かわいい』

青いゲリラ『驕らずに慎重さを身に着けることで、マナくんはより勇者として優れた存在になれる』

ひろし『いけるいける』

説教筋肉『長所も短所も全てをひっくるめて己を誇れぃっ‼‼‼』

1234『初見です。応援してます』

アン『そういうところもすき』

もちっこ『安定のヘラ芸』


「ヘラ芸言うな! 初見さん、応援、ありがとう! 普段はもっとかっこいい僕が見れますからねー? これからもよろしくー! ……さあて、と」 


 マナカは口を尖らせていたが、ようやく流れるコメント欄から目を離した。


「……ここはゴブリンたちのもの置きみたいだけど……なにか金目のものないか……?」


はちみつ『泥棒天使』

もちっこ『流れるように物漁るやん』


「だって、もったいないでしょ!? 宝箱とか全部確認していかないと、重要アイテムとかボーナスアイテム見落としたら、悔しくて夜寝られなくなっちゃうじゃん!」


びよーん『わかる』

びろーん『ゴブリンの物置なんて腐った卵くらいしかでてこないよ』

説教筋肉『欲望こそ強さに繋がるっっっ‼‼‼』

青いゲリラ『ゴミ漁りに使う時間も無限ではないのだがな』


「ゴミ箱漁りを笑う者はゴミに泣くんだよ……何事もこつこつと拾っていけば、いずれお屋敷を建てれるんだって……」


もちっこ『ゴミ屋敷かな?』

まるア『ここ、ろくなもんないのに……』


 マナカはいそいそと、壊れた木箱などをひっくり返し始めた。

 そうしてしばらくの後、マナカの得意げな声が響き渡る。


「ほらっ! 今度は僕が言うよ? だから言ったじゃない!」


 マナカはゴミ漁りの戦利品、金貨3枚と濁りかけたヒールポーション1瓶、干し肉と堅いパンを掲げて見せた。

 マナカはコメント欄に、ふんす、と鼻息荒く、


「謝って?」


もちっこ『しょぼ』

骨ロック『ヒールポーションおめ』

青いゲリラ『ゴブリンたちは既にマナくんの侵入に気付いている』

カシス『長い時間かけてこれだけ……』

長生き『時間なんていくらでもかけていいよ。100年くらいかければゴブリンは全滅してるから、戦わずして勝てる』


 それからマナカは壊れた木箱の中から大事そうに、赤い石の嵌った指輪を取り出す。


「更にこれ。未鑑定の指輪もある……これはあとの楽しみだね! いい効果があるといいんだけど」


アン『それ婚約指輪。大事な人にあげると好感度100アップ』

おまえら『あげる人がいないから俺にはガラクタだわ』

アン『ポーラちゃんにあげてみたら?』


 その時だった。


 ひゅ。


 と、風を切る音がして、


「わ! あっぶな……!」


 マナカの目の前の木箱に、とっ、と矢がつき立った。

 粗末な造りの矢。

 ここ、ゴブリンの物置部屋からはいくつか洞穴が続いている。

 その中の1つから、放たれたものだ。


カスタム二郎『!?』

ジョータロ『あ』

びよーん『!?』

青いゲリラ『きたか』

♰Michaer♰『これは間違いなくゴブリンからの攻撃』


「ちょ、ちょっと急にそんな、待って、や、やだなあ、まずは話し合いませんか弓止めて武器しまってマズいマズい」


 マナカが振り返るのと、続けてもう1本矢がかすめるのはほぼ同時。


「ちょ、ちょーっ!?」


はちみつ『この期に及んで話し合いとか』

説教筋肉『闘争にはちみつをぶっかけるような愚行……っ‼‼‼‼‼』

もちっこ『盗んでおいて話し合いが通じるわけねーだろ』


更に続けて、同じ洞穴の奥からもう1本、矢が飛んでくる。


「……こんにゃろっ!」


マナカはそれを右手のショートソードで払う。

綺麗に矢が薙ぎ払われ、回避に完全成功。


ケツパジェロ『え、うま!』

アン『ナイス!』

青いゲリラ『矢避け上達してる』

もちっこ『ちっ』


うまく矢を避けられたマナカはそれで気をよくした。


「……不意打ちとか悪いゴブリンだな! これは悪です、悪!」


もちっこ『人の家の物置漁ってた天使の言うことじゃねえよな』

カシス『やれ!やれ!』

♰Michaer♰『GO!マナカ!GO!』

ひろし『がんばえー』


 マナカはショートソードをすっと構え直し、左手は宙に掲げる。


「遠距離射撃戦なら負けないよ? 僕の雷針サンダーニードルはどんな矢も払いよけちゃうし、天罰は左手だけで発動できるんだからね」


ケツパジェロ『これは勝ち確』

びろーん『勝ったな風呂入ってくる』

もちっこ『ただのショートソード+1雷撃ダメージ増加に大層な名前つけすぎじゃない?』


 マナカは不敵に笑い、


「さあ、また僕の天罰で……!」


 と、洞穴の奥でゴブリンボウを構えていたゴブリンが、マナカの青い雷光を目にすると一目散に逃げだした。

 その雷撃がいかに危険か、仲間の身をもって知っているらしい。


「! 逃がすか!」


 マナカが駆け出す。


骨ロック『逃がすな!』

ノリアキ『仲間と合流されると厄介だぞ』

青いゲリラ『あーあ』


 ゴブリンはちょこまかと駆け、洞穴を抜けて大きな部屋に逃げ込んだ。

 追いかけてその中に入ったマナカ、一瞬、そこの光景に目を奪われる。


「……ええ!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る