第13話 菱珪玉の思い出

 菱珪玉の疑惑に満ちた視線を見つめ返しながら、上官景砂は描き上げたばかりの絵に視線を戻す。正直、どこが、と言われるとよくわからなくなってしまっていたが、何となく全体を見たときに梅の花を描いたとは思いづらいような気がしていただけなのだ。

 上官景砂が何も答えられずにいると、菱珪玉は突然その絵を手に取って言った。

「ま、いいや。君がこの絵を失敗作だと思っていても、私はこの絵がとてもよく描けた絵だと思えるから、よかったらもらってもいいかな?」

「……まあ、もらうだけなら好きにしてください。確かに、私はその絵を手元に残しておきたいわけじゃないので」

「うん。じゃあ、ありがたく頂戴するよ。ところで、どうしてまた急に絵を描いてみようと思ったんだい?」

 と、菱珪玉が言うので、上官景砂は上官双晶から聞いた話をそっくりそのまま伝えた。

「なるほど。ちなみに、その話を聞いてから、もう琴を演奏してみたの?」

 上官景砂は首を横に振る。

「残念ながら、この部屋に琴はありませんので」

「じゃあ、私の部屋に来る? 私の部屋には琴が用意されているんだ」

 と言うことで、上官景砂は菱珪玉の部屋へ赴くことにした。彼の部屋には確かに琴があった。しかも、目を見張るくらい立派な琴だった。

「……とてもいい琴ですね。菱公子はよく琴を演奏するのですか?」

「いや。実をいうと、私は昔から琴とか、世の中に存在する楽器には一切興味がなかったんだ。だから、幼いころに父親から琴を練習しろ、と言われてもどうしてもやる気になれなくてね」

「では、今でも琴を演奏することは全くないのですか?」

「いや。たまにあるよ。それこそ、前に一度話したことがあるかもしれないんだけどね。昔、百里家で開催されていた琴の鑑賞会に連れられたことがあったんだ。その時、私は本当に琴に対しての興味が皆無で、よく逃げ出していたんだ。ある日、同じように逃げ出した時、たまたまある女の子に出会ってね。その子は、私とは正反対で琴がとても好きな子だった。彼女は逃げる私を自分の部屋にかくまってくれたんだ。その時、私はあの子の部屋で彼女の奏でる琴の音を聞いた。この世のものとは思えないくらい、純粋で美しい旋律だったよ。その音を聞いてから、私も少しずつだけど琴を練習するようになってね。今でも、たまに演奏するくらいなんだ」

 と、語ってくれた菱珪玉の目には懐かしさがうっすらと浮かんでいる。

 その時、不意に上官景砂の心の中が意地悪くささくれ立った。

「……それは、いい思い出ですね。確か、百里家の子でしたよね?」

「うん。まあ、あの子のことはあくまでも思い出だから。……ここに琴を用意したんだからさ、せっかくだし弾いてみなよ」

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