第12話 描き上げた梅の絵
上官双晶が去ると、上官景砂は箪笥の中を開けた。彼が去る直前に、箪笥の中には紙と筆、それから墨と少しの絵具が入っていると言っていたためだ。
そして、箪笥の中には確かに言われた通りのものが入っていた。上官景砂はそれらを取り出し、卓上いっぱいにそれらを並べた。それからすぐに、筆を墨にくゆらせた。上官家で目覚めて以来、誰からも正式に絵を教わったわけではないのに、不思議と彼女は絵の描き方を知っていたのだった。
彼女は夢の中に現れていた梅の花を思い出しながら、それを描いた。特に意識していたわけでもないのに、彼女の手は力強く、そしてしなやかに梅の木を描く。それから、赤と白の絵具をふんだんに使いながら、絵全体を仕上げた。
絵を描き始めてから半刻もしない間に、彼女は梅の絵を完成させた。しかもその絵は、誰が見ても梅だと分かる程度などではなく、誰が見ても名画と称賛すらできるほどのものだった。
それなのに、当の上官景砂は描き上げた絵を見ながら、「こんな絵じゃ、絵の名手とはとてもじゃないけど言えないな」と思い続けていた。
彼女は、ひとまず描き上げたばかりの梅の絵をそのままにして、絵の道具だけを片付け始めた。屈みながら絵具の顔料を桶に捨て、再び立ち上がったとき、卓上を覗き込むようにして菱珪玉が息を呑んでいる姿が目に入る。
「菱公子? どうしてこんなところにいるのですか?」
と、上官景砂が話しかけても、彼は珍しく何の反応をも見せない。仕方なく、彼女は菱珪玉に近づきながら、その整った横顔に向けて呼びかけてみる。
「菱公子? 何か気になることでもありますか?」
しかし、それでも彼は相変わらず呆けているだけだ。上官景砂は彼の反応を諦める代わりに、じっと彼をにらみつけることにした。すると、彼女の鼓動が急に加速し始めた。
(菱公子って、案外きれいな顔をしているのね)
しばらくの間、上官景砂が菱珪玉に見入っていると、不意に彼が彼女の方を向いた。それからすぐに、彼の顔に驚きと赤みが差し始める。その瞬間、上官景砂もまた、自分が菱珪玉を見つめ続けていたことにようやく気が付いた。
「……菱公子、何か気になることでもありました?」
「……いや、そんな大げさなことじゃないんだ。さっきここに入ってきたら、まるで本物のような梅の絵を見つけてしまったから、ついつい見入ってしまっていたんだよ。この絵は、景砂さんが描いたの?」
「ええ、まあ。でも、大した絵じゃありません。その絵、失敗しているから」
すると、菱珪玉は心底意味が分からない、と言った様子で再び絵に視線を向けた。そのまま少しすると、彼は視線を再度上官景砂に戻す。
「その、この絵のどこが失敗しているの?」
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