第11話 実父の話

 上官双晶は眉を吊り上げながら首を横に振った。

「……そうですか」

「それにしても、どうしたんです? 急に」

「いや、別に大したことじゃないんです。目が覚めてから、その夢がどうにも現実感があるように思えてならなくて」

 すると、上官双晶はあからさまに目を泳がせる。その様子に、上官景砂はいよいよ彼が一体何をそんなに隠し通そうとしているのかが気になって仕方がなくなった。しかし、面倒を何から何まで見てもらっている身であるおかげで、そこまで聞く勇気は出なかったが。

「もしかすると、それは景砂の記憶の一部かもしれないですね。実の父親との」

「そういえば、以前上官当主は私の実父をご存じだと言っていましたね。どんな方なんです?」

「……直接それが誰か、とは聞かないのですね」

「上官当主も以前おっしゃっていましたが、今は危険な状況なのですよね? それなら、実父のことは当然知りたいですが、ひとまず我慢することにします」

 上官景砂が胸の内に沸き起こるありとあらゆる欲求を抑え込みながら言葉を放ち終えると、なぜか上官双晶の瞳には薄い透明の膜が張られた。

「そういうことなら、まずはあの方のお人柄だけ伝えることにしますか。さすがに、それくらいなら知っていても問題にはなりませんし。景砂のお父上と私は幼少期からの知り合いと言っても過言ではありません。まあ、昔は友、今は盟友と言ったようなところですが。私と彼が初めて会ったのは、彼の家で開かれていた談会に参加した時です」

「談会?」

「ええ。雲渓大陸の各地から知識自慢の者たちが集まってただただ討論をするだけのものです。とはいえ、私は氷晶区ひょうしょうく(上官家が勢力を誇っている地)を代表する知識自慢でもなんでもありませんでしたが。ただ、上官家の世子として、他の家と交流するためだけに行ったので。まあとにかく、私はその時に景砂の実父と初めて話をしたのです。当時何の話をしたのかはもう忘れてしまいましたが、とにかく面白い話をする、内心が腐っていない人だという印象を受けましたね。あ、そうそう。確か彼は琴と絵が特に上手だったのですよ。当時、まだ幼かったのに雲渓大陸で五本の指に入るほどの名手だと謳われていましたね。あと、そうそう。今思い出したのですが、彼が成婚して一年が経った頃、彼の妻が景砂の兄君を懐妊しましてね。その時、私は彼の元まで祝いの贈り物を届けに行ったのです。その時、彼は自分の子も自らと同じように琴と絵の名手になってほしい、って言っていましたっけ」

 珍しく饒舌になっている上官双晶をみながら、上官景砂の口角がわずかに上げられた。

「では、その……私の兄は実父の願い通り琴と絵の名手になったのですか?」

 すると、上官双晶はおかしそうに首を横に振ってから言った。

「いえ。残念ながら、君の兄は書道の名手になりました。ですが、雲渓大陸では誰も彼にかなわないといっても過言ではないくらいです」

「ということは、兄も私も実父の願いは受け継がなかったわけですね」

「まさか。そんなことはありませんよ」

「え?」

「君の兄は確かに彼の願いを全く受け継ぎませんでしたが、景砂は彼が願った通り、琴と絵の名手になったのですから」

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