第10話 不思議な夢

 上官双晶は菱珪玉を無表情のまま書斎へと連れて行った。そのおかげで結局、残された上官景砂は侍女と共に自室へと戻ることになったが。

 閉め切られた窓から、差し込む金色の光と共に食事を取った後、上官景砂はひとまず休息をとることにした。

 心を落ち着かせる薬を服用した後、寝床に寝転がり、目をゆらりと閉じた。

 それから少しして、彼女の脳裏にはどこかで見覚えがあるような、それでいて現実感に乏しい光景が鮮明に浮かんでいた。

 その光景の中で彼女はだだっ広い屋敷の中をぐるぐると歩いていた。父親と思しき白服の男と共に。

『景砂、いいかい? この梅の花を絵に描くときは、自分の思う通りに描くんだよ。景砂は絵を描くのがうまいんだけど、うまく描こうとしすぎるのがよくないところだ。特に梅の花はね』

 と、温厚な口調で言う男の隣にいた景砂はまだ十歳ほどの子供だった。彼らは、二人並んで凍てつくような気温の中で剣命に咲き誇る梅の花が広がる庭園の中にいた。

『でも、ここでは梅の花なんてめったに見ることができないんです。どうしても、うまく描こうとしてしまう癖はなくすのが難しくて。父上には、何度も何度もうまく描こうとしすぎるな、と言われているのに』

『ははは。大丈夫。またしばらく経ってから、いい加減梅の花を見慣れたときに、うまく描こうとしすぎなければ大丈夫だよ。そして、もしその時が来たら、景砂は雲渓大陸一の画家になっているかもしれないね』

『そうなれるといいですね。では、その時になったら父上と絵の描き比べをしたいものです』

 すると、景砂の「父親」はぎょっとしたような顔つきになってから、困ったように笑って言った。

『困ったなあ。もうすでに、私の絵の技術は景砂に劣っているのに。でも、景砂がそう望むなら、今から私が絵を描く練習をしなくちゃならないな』

「父親」が「景砂」の頭を優しくなでながら言ったところで、上官景砂は目を覚ました。

(……夢か)

 結局、夢の中の「父親」の正体がわからないまま、彼女は寝床から起き上がった。あの「父親」の声質は、上官双晶のものとは明らかに違っていた。重厚感こそあれど、自由な雰囲気も持ち合わせているような。

 上官景砂は起きたばかりでぼんやりとしている頭の中を整理するとでもいうように、自室の扉を開けた。

 すると、そこにはちょうど菓子を携えた上官双晶の姿があった。

「景砂。よく眠れましたか?」

 彼は全てを見破るかのように言った後、菓子を片手で持ったまま上官景砂の隣にやってきた。

「ええ。まあ。ところで、よくお気づきですね。私が昼寝をしていたこと」

「ああ。それは別に大したことじゃありません。食事を届けさせている侍女から聞いただけですから」

「そういうことだったのですね。あ、そうそう。そういえば、さっき昼寝をしているとき、よくわからない夢を見たのです」

「ほう。それはどんな夢です?」

 興味を持ち合わせていそうなその言葉とは裏腹に、上官双晶の顔つきが目に見えてひきつっていく。

 だが、それには微塵も気が付いていないふりをして、上官景砂は一言だけ尋ねてみることにした。

「上官当主は、私に絵の描き方を教えたことはありますか?」

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