第8話 上官景砂の話し相手
上官双晶の申し出に菱珪玉は同意しないだろう、と上官景砂は思っていた。しかし、その予想とは裏腹に、彼は満面の笑みでそれに同意したのだ。
その結果、少し前まで上官双晶がいた場所には菱珪玉が何事もなかったかのように座っている。
「初めて、君の部屋じゃない場所で会ったね。上官双晶の申し出に菱珪玉は同意しないだろう、と上官景砂は思っていた。しかし、その予想とは裏腹に、彼は満面の笑みでそれに同意したのだ。
その結果、少し前まで上官双晶がいた場所には菱珪玉が何事もなかったかのように座っている。
「初めて、君の部屋じゃない場所で会ったね。散策しているの?」
「ええ。散策くらいならしてもいいと伺ったので」
「そっか。上官家を散策しても何も面白くないと思うけど。百里家みたいに面白いものは何もないしさ。少しくらい外に行きたいと思わない?」
「……でも、今外は危ない、と上官当主がおっしゃっていましたけど」
すると、菱珪玉の顔色が一瞬にして暗いものになる。上官景砂は直感的に何か事情を知っているに違いない、と思えてならなかった。
「うん。ある意味そうかもしれないね。でも、今は逆に安全かもしれないよ」
「どうして?」
「今は、どの家も百里家から失踪した娘を探しているからね。まあ、菱家を除いてだけど」
「どうして菱家はその百里家の娘を探していないんです?」
「だって、菱家がその娘を失踪させたに決まっているから」
上官景砂は怪訝な目つきで菱珪玉を見つめる。すると、彼は「ちょっと待ってくれよ」とでも言いたげに破顔した。
「で、でも、私は菱家にほとんどいなかったから、百里家の娘の失踪とは何の関係もないけどね。しかも、百里家の娘が失踪したとき、私はすでに上官家にいたから、失踪してからそのことを上官当主から聞かされたんだ。本当に!」
「それで、上官当主はあなたを上官家の外には出そうとしないのですか?」
「おそらく。きっと、私が菱家の者とつながって、少しでも上官家のことを漏らすとでも思っているんじゃないかな」
「それって、根拠はあるんですか?」
しかし、菱珪玉は苦笑しながら首を横に振るだけだった。
「そんなものは何もないよ。強いて言うなら、私の姓が菱というだけだ」
その言葉を聞いたとき、初めて上官景砂の胸の中には、むくむくと同情の意が立ち上る。
(人質と名目上の養女という、特殊な身分で上官家にいる者同士なのだから、この人を自分の話し相手にするのも悪くはないかもしれない)
と、上官景砂がぼんやりと思っていた時、菱珪玉は勢いをつけて鞦韆を漕ぎ始めた。
そしてその動く影に向けて、上官景砂はいつもよりもわずかに高い声で話しかける。
「ところで、私はあなたをなんと呼んだらいいですか?」
その返事は、一瞬で返ってきた。
「上官当主が呼ぶように菱公子でもいいし、珪玉、と名前で呼んでくれてもいい。どちらでも、君の呼びやすい方で構わない」
「それなら、ひとまず菱公子、と呼ばせていただきます」
「わかった。じゃあ、私が君のことを呼ぶときは何と呼んだらいい?」
その言葉に、「人の呼び名というのは、どういう風にして決められているのだろう」と思わざるを得なかったが、とりあえずその答えを上官景砂は考えてみた。少しして、彼女もまた二つの呼び名を思いつく。
「では、上官もしくは景砂と呼んでいただけたら。……どちらでも、菱公子のお好きな方で構いません」
「はははっ。それなら、景砂さん、と呼ばせてもらうよ。だって、そっちが君の本当の名前だろうからね」
?」
「ええ。散策くらいならしてもいいと伺ったので」
「そっか。でも、上官家を散策しても何も面白くないと思うけど。百里家みたいに面白いものは何もないしさ。少しくらい外に行きたいと思わない?」
「……でも、今外は危ない、と上官当主がおっしゃっていましたけど」
すると、菱珪玉の顔色が一瞬にして暗いものになる。上官景砂の直感的に、何か事情を知っているに違いない、と思えてならなかった。
「うん。ある意味そうかもしれないね。でも、今は逆に安全かもしれないよ」
「どうして?」
「今は、どの家も百里家から失踪した娘を探しているからね。まあ、菱家を除いてだけど」
「どうして菱家はその百里家の娘を探していないんです?」
「だって、菱家がその娘を失踪させたに決まっているから」
上官景砂は怪訝な目つきで菱珪玉を見つめる。すると、彼は「ちょっと待ってくれよ」とでも言いたげに破顔した。
「で、でも、私は菱家にほとんどいなかったから、百里家の娘の失踪とは何の関係もないけどね。しかも、百里家の娘が失踪したとき、私はすでに上官家にいたから、失踪してからそのことを上官当主から聞かされたんだ。本当に!」
「それで、上官当主はあなたを上官家の外には出そうとしないのですか?」
「おそらく。きっと、私が菱家の者とつながって、少しでも上官家のことを漏らすとでも思っているんじゃないかな」
「それって、根拠はあるんですか?」
しかし、菱珪玉は苦笑しながら首を横に振るだけだった。
「そんなものは何もないよ。強いて言うなら、私の姓が菱というだけだ」
その言葉を聞いたとき、初めて上官景砂の胸の中には、むくむくと同情の意が立ち上る。
(人質と名目上の養女という、特殊な身分で上官家にいる者が、菱という名字を持つというだけで人質となっている人を自分の話し相手にするのも悪くはないかもしれない)
と、上官景砂がぼんやりと思っていた時、菱珪玉は勢いをつけて鞦韆を漕ぎ始めた。
そしてその動く影に向けて、上官景砂はいつもよりもわずかに高い声で話しかける。
「ところで、私はあなたをなんと呼んだらいいですか?」
その返事は、一瞬で返ってきた。
「上官当主が呼ぶように菱公子でもいいし、珪玉、と名前で呼んでくれてもいい。どちらでも、君の呼びやすい方で構わない」
「それなら、ひとまず菱公子、と呼ばせていただきます」
「わかった。じゃあ、私が君のことを呼ぶときは何と呼んだらいい?」
その言葉に、「人の呼び名というのは、どういう風にして決められているのだろう」と思わざるを得なかったが、とりあえずその答えを上官景砂は考えてみた。少しして、彼女もまた二つの呼び名を思いつく。
「では、上官もしくは景砂と呼んでいただけたら。……どちらでも、菱公子のお好きな方で構いません」
「はははっ。それなら、景砂さん、と呼ばせてもらうよ。だって、そっちが君の本当の名前だろうからね」
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