第7話 規則の交渉
「まさか、そんなことは思いませんよ。当たり前と言えば当たり前の事ばかり書いてあるような気がしましたが」
上官景砂は、朝読んだ内容をゆっくりと思い返しながら言った。
すると、上官双晶は腹の底からの声で「はははっ」と笑い始める。どことなく長い笑い声だった。
「そんなにおかしいことを言ったかしら」とでも言うように眉をひそめていると、上官双晶はようやく笑いを収めた。
「そうか。そこはやっぱりそうなのか。さすがですね。景砂にとっては当たり前でしたか」
「……? ええ」
「それならよかった。しかし、我が家の規則には景砂も首をかしげるようなものが一つか二つくらいはあったはずです。ですが、それを厳しく守る必要は特にありません」
「なぜです?」
上官景砂の脳裏には菱珪玉が叱られる様子が浮かんでいた。
(彼は一つ規則を守らなかっただけであんなに叱っていたはずなのに、どうして私だけは許されるの?)
しかし上官双晶は、少し目を遠くにやっただけで、それ以上は特に何も言わなかった。上官景砂はその理由を聞きたくてたまらなかったが、そのすぐ後で、自分はまだそれを知るべきではなかったのかもしれない、と思い直す。
その時、たまたま二人の視界の先を菱珪玉が通っていく。彼もまた二人に気が付いたようで、気まずそうな笑みを浮かべながら近づいてきた。その顔には、「まずい人に会ってしまった」と堂々と書かれている。
「上官当主。上官のお嬢様。珍しいですね、はは……」
「うん。そうかな? 私はこの子がうちに来てからはなるべく会いに来ているつもりだが。むしろ私からすると、君が家の中を走っていない方が珍しいと思うが」
「ははは……上官当主、冗談はやめてくださいよ。その……私は単に外へ行ってみたいだけなんですよ、ずっと閉じ込められているのも気が滅入りますし」
菱珪玉の完全に泳いでしまっている目を見透かすように凝視しながら上官双晶は言った。
「ほう。それなら、以前百里家へ人質としてとらわれていた時は自由に外へ行っていたのですか? ですが、たとえそうだとしたら非常に奇妙なのです。私が百里当主から聞いていたところによると、あなたの外出は全く自由ではなかったとか。ですが、それでもあなたは特段不満を漏らすことはなかったと伺っています。それがここではどうして不満になるのです? 当時百里家にいたときの状況と、今の状況は特に変わっていないはずですよ」
「わかっています。百里家でも、上官家でも、私はただの人質にすぎません。ですが、百里家には上官家のように訳の分からない規則はありませんでした! ですから、百里家にいたときは当然不満も多くはなかったのですよ」
「それならこうしましょう。菱公子が最も従いたくない規則を一つだけ、特別に免じることにします。ただし、家の中で騒ぐことなかれ、の項を除いて」
「本当ですか! じゃ、じゃあ、夜更かしすることなかれ、の項を免除にしてください!」
すると、上官双晶は柔和な笑みを浮かべてしっかりと頷いた。しかしそのすぐ後で意地悪そうな目つきになる。
「いいでしょう。本日以降、夜更かししたければ自由に夜更かしをしてください。ただ、その代わりに一つ条件があります」
「?」
「私は上官家の当主ですが、迎えたばかりの養女を気に掛ける時間があまりありません。ですから、私の代わりに景砂の話し相手となってくれませんか」
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