第5話 上官家の規則

 上官双晶は、家の規則が書かれた巻物だけを上官景砂に渡すと、それ以外は特に何も言わずに去っていった。もう、夜も遅いからなのかもしれないが。

 翌朝、上官景砂は重い体を起こすと、すぐに枕元に置いていた例の巻物を広げてみることにした。

『上官家規則

一、騒ぐことなかれ。

一、人を罵ることなかれ。

一、何事も公平に判断せよ。

一、夜更かしすることなかれ。

一、貞節は守れ。

一、贅沢することなかれ。

一、万事清潔に。

一、言葉遣いは丁寧に。

一、琴棋書画をよく学べ。

一、許可なく外出することなかれ。

一、私欲を有することなかれ。

一、嘘をつくことなかれ。

一、隠し事をすることなかれ』

 それ以上は、特に何も書かれていなかった。上官景砂があくびをしながら巻物を巻き戻していると、扉の開く音が聞こえた。例の、使用人たちだった。

「お嬢様。お目覚めですか?」

 と、かごを持っている一人の少女が言い、もう一人は水瓶を茶机上に置く。

「お嬢様、顔を洗ってください」

 と、もう一人の方に冷水のような声で言われたので、上官景砂はぼんやりとした頭のまま、顔を洗うことにした。綿の布を甕の水に浸し、それを軽く絞ってから自分の顔を拭くだけではあったが。

 彼女が顔を「洗い」終わると、もう一人の方の少女が黙って水瓶を持っていく。そのあとを追うように、一人の方の少女もまた部屋を出て行こうとする。

「あの」

 と、上官景砂が呼び止めると、水瓶を持っていない少女だけが振り返った。

「どうかしました?」

「今日はこの部屋を出て、上官家の敷地内を散策することは可能でしょうか」

「もちろんです。お嬢様は上官家に来てまだ日が浅いですから、ぜひゆっくりと散策してみてください。ですが、菱家の公子にはなるべく会わないようにした方がいいかもしれません」

「……なぜ?」

「話が長いですから」

 その返答に、上官景砂はつい苦笑いをこぼしてしまう。

「あと、お嬢様も早く朝食を召し上がってください。すでに、卓上に並べてありますから。一刻後に、お皿を取りに来ますので」

 その言葉通り、卓上には確かに豪勢な朝食が並べられている。それを一目見ただけで、上官景砂はようやく自分が空腹であることを思い出した。

 少女がかごを持って去るや否や、上官景砂はすぐに朝食めがけて突進していった。

 朝食を終えると、上官景砂はそのまま上官家の敷地内を散策することにした。とりあえず静かに、走ることなく。

 そしてそれが見事に似合うくらい、上官家は殺風景だった。植木や花などは一切なく、氷晶でできた腰掛や鞦韆が建物の脇に添えられているくらいだった。

 上官景砂はひとまず、近くにあった腰掛に座ることにした。座り心地はなかなかに固く、少し座っているだけでお尻にひびが入ったかのように痛くなる。

 そろそろ部屋に戻ろうか、と彼女が思ったところで、視界に上官双晶の姿が目に入った。


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