第4話 満天の星空と

 上官景砂が再び首を横に振る。すると、なぜか菱珪玉の顔には「おっ」という文字が浮かび上がった。

「……そうか。そういうことか。じゃあ、申し訳ない。どうやら、勘違いをしていたようだ。君は本当にその子に似ていたから」

「……どうも」

「ところで、君は星空を見上げるのが好きなのかい?」

 菱珪玉の視線が満天の星へと戻っていく。それとは対照的に、上官景砂の双眸は庭一面に敷き詰められている砂利に向けられていた。

「そういうわけでは」

「気分転換?」

「まあ、そんなところです」

「この部屋の中はそんなに気が滅入るの?」

「そういうわけでは」

「ふうん。ところで、景砂さんは上官家に来てから、まだ自分の部屋以外には行ったことがないの?」

 上官景砂は疲れ果てたように、息を吐きながら頷いた。いい加減夜も更けてきているから、病身にはさすがに横になりたい時間だったのだ。それなのに、まさかこんなところで話の長い青年に出くわすことになろうとは! そんな状況下で、彼女はただ自分の不運を嘆くしかなかった。

「上官家はね、すごく落ち着いている場所だよ。家の中も整理されていて、調度品も質のいいものばかりだ。だから、心を落ち着かせたいときにそれができるっていうのが、この上官家の一番魅力的なところなんだろうな。その代わり、家の規律だけは嫌になるくらい多いんだけどね」

「規律?」

「うん。知らない? 昨日上官当主も言ってたと思うんだけど、例えばこの塀を飛び越えたらいけない、とか、家の中で騒いではいけない、とか。あと、一番理解に苦しむのは、夜更かししてはいけないっていう項目があるんだ。寝る時間なんて自由であるべきだと思うのに」

「もし、夜更かししてはいけない、という規律が実際にあるのなら、今我々はその規律を犯していることになりませんか?」

 暗闇の中でも感じ取れるくらい、一瞬にして菱珪玉の体が固まった。その時、気のせいではあるのだが、上官景砂には彼が「まずいぞ」と言っているように聞こえて仕方がなかった。

「ははは。その……もしかしてだけど、景砂さんはそろそろ眠たくなっちゃった? もしそういうことなら私は失礼するよ」

「そうですね。さっさと自分の部屋に戻るべきです」

 不意に耳に入ってきた厳格な声の方向に二人は同時に目を向けた。その瞬間、上官景砂の表情はほころび、菱珪玉の表情は氷のように固まってしまったが。

「じょ、上官当主。こんな夜更けにどうしてこんなところまで?」

「菱公子。それは、私が聞くべきことではありませんか。それに、私は当主ですから、屋敷内を見て回るのは当たり前かと存じますが」

「……そ、そ、その通りです。そ、それなら、私はひとまずこれで失礼いたしますね」

「はい。あと、明日の朝私の書斎に来てください。規律に反したため、罰則を与えます」

 その言葉に菱珪玉はただびくんと肩を震わせただけだった。

 彼の姿がなくなると、上官双晶が今度は上官景砂に視線を向ける。

「景砂も、早く休んでください。あと、一応これを渡しておきます。暇なときにでも読んでおいてください」

 上官双晶は巻物を一つ差し出している。それを受け取りながら、上官景砂は聞いた。

「これは何ですか?」

「我が上官家の規則です」

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