第3話 菱珪玉、という人
菱珪玉は上官景砂の隣に座り、同じように天上の星屑を眺め始めた。
「今朝、たまたま聞いたよ。君は、上官当主の養女なんだってね?」
「……」
「もしかして、私と話をするのは嫌?」
急にその言葉を投げかけられて、上官景砂はついぎょっとする。
(一体、この人は何を考えているんだろう)
彼女は隣にいる菱珪玉に視線を向ける。すると、彼もまた上官景砂を凝視していた。
「いや、そんなことは……」
散々言葉を考えた挙句、ようやくそれだけを絞り出す。その刹那、菱珪玉は「ほおお」と安堵したような息を吐いた。
「それならよかった。それならさ、君が私を嫌っていないことを証明するためにも、名前を教えてよ」
「上官景砂」
「景砂、か。いい名前だね。そうだ。君は上官家に来てどれくらい経つんだい? 私も上官家に来てから君の姿を今まで見たことがないような気がして」
しかし、上官景砂は首を横に振るしかなかった。自分が一体何日もの間眠っていたのかすらも知らなかったからだ。
それに菱珪玉も状況を察したのか、すぐに晴れやかな笑い声をあげて言った。
「ちなみに、私は上官家に来てまだ三月しか経っていないんだ」
「三月? それまでは?」
「当然菱家だよ! 一応、そこが私の家なんだ。でも、その割に結構長い間菱家にはいなかったから、菱家にいてもあんまりなじめないんだけど」
「じゃあ、菱家、というところにいなかったときはどこにいたんです?」
「百里家だよ。百里家には、もともと人質として行っていたんだけど、その割には居心地がよかったんだ。菱家よりも自由でね。人質ではあったけれど、生活上には何の制限もなかった。まあ、せいぜい外出が完全には自由じゃなかったくらいかな。でも、許可をもらえたら外出できたから、ほとんど制限はないようなものだと思ってるけど。私からしたら、菱家よりも自分の家だと思える場所かもしれない」
その話を聞きながら、上官景砂は菱家とは、百里家とは一体何だろう、ということばかりを考えていた。上官家の一室で目覚めて以来、自分に関することは何一つ思い出せていなかったが、不思議なことに菱家、と聞くとなぜか憤怒を覚えるし、百里家、と聞くと親近感を覚えていた。でも、それらが一体何を表すのか、まではわからなかったが。
「そういえばさ」
突如、菱珪玉が声音を変えた。
「君は、私が百里家で出会ったことのある女の子によく似ているんだけど、百里家に知り合いとか、生き別れた姉妹とかはいるの?」
「え?」
「私はね、人質として百里家に行く前に二度百里家を訪れたことがあるんだ。その時は賓客としてだったけど。その時、たまたま私と同じくらいの年の女の子に会ってね。百里家で会えなくなってから、その子のことを探しているんだけど、君はその子のことを知らないかい?」
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