35. 成長
飛ばされた先は、水鏡のような地面と白い空が広がるフィールドだった。どこまでも広がる地面。障害物は一切なし。
20m程前方で刀を構えているフードを被った対戦相手の姿。俺と同じ武器。大会で敗北した時のことが蘇り、一瞬嫌なプレッシャーを感じた。しかし今は大会ではない。あの時とは違う。
試合開始の合図と同時に、俺は足裏から粒子を噴出しながら走っていった。足が離れる瞬間に粒子を放出する。跳ねるような、大股でスキップをしているような感覚。
あっという間に距離は詰まり、刀同士が交わる。真上から振り下ろした刃を、横に倒した刀身で相手が受け止める。そしてすぐに刀身を弾いて反撃に転ずる。俺は上に弾かれた刀をすかさず袈裟斬りのコースで振り下ろした。その軌道で相手が俺を肩から斜めに斬ろうとしていた刀を弾く。
刀を弾かれ上半身ががら空きになった相手は、すぐに後ろへ跳んで距離を取った。素早い動きだ。だが俺はそれを許さない。すぐに刀を構えながら粒子を放出して加速し、走って距離を縮める。
今のところ、力場の反発力より粒子推進のほうがスピードも出るが、小回りが効く印象だ。徐々に慣れてきた。
互いの刃がぶつかり合う。鍔迫り合いの中、相手は俺の刀を絡め取るように刀身を横に倒そうとした。俺はその動きに合わせてステップを踏み、刀を落とされないように体勢を整える。相手が舌打ちをしたのが聞こえた。
そのまま互いに刀を弾き合い、その勢いで両者の間に距離が生まれる。至近距離の打ち合いでは、今のところほぼ互角。決定的な隙を作るには絡め手を使うか、真正面から超加速で飛び込んで圧倒するか、どちらかしかない。
『注意して。なんかくる』
ミレイが言うやいなや、20m程向こうで相手が頭上から刀を振り下ろした。その刃には火が生まれ、斬撃は炎となって飛んできた。
斬撃の実体化。ミレイが言っていたあれか。ランクマッチで弾かれていないということは、相手は一からコードを組んであれを実現しているのだろう。
そんな思考を数瞬巡らせた後、俺は咄嗟に右へ跳んだ。淡い緑の粒子が舞う。敵はそれを追いかけるようにさらに炎の斬撃を飛ばしてくる。俺は粒子を放出しながら細かくステップを踏みつつ、回避を続ける。
当たればおそらく一撃でアウトだ。
『マジでヤバイ時はあたしも対応するけど、まだいけるでしょ?』
ミレイが言う。
『ああ、歩く練習にはちょうどいい』
『わーお。余裕だねえ』
相手が横一文字に炎の斬撃を飛ばしてくる。粒子放出量を増やしてジャンプで回避した。
『不思議な感覚なんだ。やけに落ち着いている』
『ほー。瞑想プログラムのおかげかしらねえ』
炎を避けるだけでは相手を倒すことは出来ない。しかしあの炎に当たることは致命傷を受けることと同義。俺の斬撃は実体化しない。あれとぶつけて相殺することはできない。
少し、試してみたいことがあった。
敵の周囲を回りながら、相変わらず炎の斬撃を避け続けている。連射速度はかなりのものだ。距離はなかなか縮まらない。
その回避行動の中で、俺はイメージをした。炎をかき分ける刃。相手を斬るために、その間の障害すべてを破壊する刃を。
『わっ、逆流すご』
ミレイに俺のイメージが伝わる。
『いいよ。そのくらいならおっけー』
刀身が一瞬淡い緑に発光する。
俺思い切り踏み込んで粒子を解放し、炎の斬撃とその向こうにいる的に向かって飛んでいった。すぐに炎が目の前に迫る。俺は刀を振るった。炎はまるで物体のように横に斬れ、上下に分かれて飛んでいった。
次の炎は真上から半分に斬った。熱を頬で感じながら、その向こうに敵の姿を見とめた。炎の向こうから現れた俺に面食らった敵は、しかし冷静に構えようとしたが、俺の飛び込むスピードの方が圧倒的に早かった。
俺は刀を両手で横に構え、左手を離す力を勢いに右手で横一文字に振るった。相手の脇腹から刃が入り、胴を両断した。もちろん切断はされないし、出血もしない。だが相手のライフはダメージの上限を超えたらしい。
ばたりとその場に倒れる。刀の転がるからんからん、という音がフィールドに響いた。勝者を称えるファンファーレが流れ、俺はロビーへ転送された。
その日はそこでダイブアウトをし、現実空間で反省会をしていた。
「で、どうだった?」
ミレイがペットボトルのミルクティーを飲みながら訊いてきた。
「力場よりスピードが出るのはいい。慣れてきたら大分小回りも効くし」
力場の反発力は、蹴った瞬間から減衰が始まる。つまり遠い距離を飛ぼうとすればするほど、一度の跳躍では足りず、何度も蹴らなければならない。その点粒子放出なら、放出している間はずっと加速できるので、加速力の安定性は圧倒的に勝っている。
また力場の反発力は係数を変えることで調整できるが、粒子は放出量を増減させることで推進力を調整できる。しかもプレイヤーの意思でこれができるのは大きい。ミレイの言った通り、反発係数を細かく調整するリソースを丸々空けられるからだ。
「さすがだねえ、葦原クン。素のアバターの
「そうだな。しかしこの短時間でここまでやるとは」
先輩達が口々に言う。
「しっかしなんでだろうなあ。そこまで制御大変なわけじゃないのに、なんでみんな
確かにミレイの言う通りだった。俺も力場からの切り替えにそこまで苦労しなかった。速力も上がるし小回りも効く。どうしてメジャーにならないのか不思議だ。
「IR適性の問題じゃないか?自由度の高いものなら、それを使いこなせるだけのイメージ力が求められる。それに
赤坂先輩が言った。
「たしかにねえ。今は
PCの画面を見ながら
確かにそうかもしれない。億を数えるとも言われる
俺達はまだ世界の広さをまったく知らないのだ。ランクマッチ、公式試合。これからどんな相手が出てくるかわからない。もっと強くなりたい。その思いは確かに俺の中に根付いた。
「これからはランクマッチで武者修行かな」
「お、いいじゃん。そうこなくっちゃね」
「……変わったな。葦原」
赤坂先輩が俺の方を見て言った。
「一本芯が通ったような感じだ。成長したんだな」
「そう、ですかね」
「そうだよお。顔つきが違うもん」
確かに地方大会の頃、不安と無能感で一杯だったあの頃と比べたら、今はもっと純粋に楽しめている。何をきっかけにそうなったのかはわからない。ゆっくり変わっていたのかもしれない。でも俺はやっぱり
「ここらで一気に武者修行を、と言いたいところだが……皆、テスト期間を忘れてないだろうな」
そう。忘れてはいない。もう来週から始まる、大学生活が始まって最初のテスト期間。
「まあ、禁止はしないが、期間中はそれどころじゃないだろうしな」
赤坂先輩は立ち上がると言った。
「今年は夏合宿をしようと思ってる。詳細は夜にでも送るから、見ておいてくれ」
「おおお!楽しみっす!」
ミレイが声を上げた
夏合宿。いよいよ大学のサークルという感じになってきた。いや、最初からサークルではあるのだが。とにかく俺達はまずテスト期間を越えて夏休みを手に入れなければならない。
「じゃあ今日はこのくらいで解散しときますかねえ」
栖先輩がぱたりとノートPCを閉じたのを合図に、俺達はそれぞれに帰り支度を始めた。
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