33. 空想粒子
練習試合の二日後、部室に飛び込んできたミレイは両手でとんでもない厚さの本を抱えていた。枕にしてもなかなかの厚みがある。
「その本、どうしたんだ?」
「友達、っていうか情報工学の教授が貸してくれたんだよ。この前の練習試合でカナタ君達が使ってたあの粒子がどーしても気になって、調べてたんだけどよくわかんなくて。それで相談したら貸してくれた」
教授を友達扱いするミレイの恐るべき交友関係が垣間見える。こいつのコミュニケーション能力は一体どうなっているんだ。
ミレイは中央のテーブルにどすん、と本を置いた。赤坂先輩と
『仮想空間における概念物理法則の標準モデル』とある。つまりどういうことだ?
「
赤坂先輩が即座に言う。そう言えば先輩は理学部だった。
「そうっす。それでこの、ここ、この章の……ここ!」
重そうに本を開いてページをめくり、目的のページを指し示した。
「
「そそ。ヒヨリちゃん先輩、モニター映像見せてもらっていいですか?」
「いいよお」
栖先輩は練習試合には立ち会えなかったが、そのPCは相変わらずモニター用として使われている。赤坂先輩が持ち帰った記録媒体を差し込んで、専用のアプリケーションを立ち上げた。
俺とカナタの戦いが映し出される。丁度俺がカナタを追いかけている場面だ。
「この粒子が、この本に載ってる
ミレイの操作で場面が切り替わる。光の刃で伸びるカナタの刀身。
「これも同じく
「でもそれなら誰でも思いつきそうなものじゃないのか?なんでここまで調べないとわからないようなもんだったんだ?」
「いや、実はこれ、なんでか実戦だとあんまり使われないらしいんだよ。それにあたしコードは得意だけど、ぶっちゃけ
ミレイは
「あの空間移動も粒子の応用なのか?」
「それはねえ……あれだけはわかんなくて」
ミレイが珍しく申し訳無さそうな顔をした。
「あたしの推論なんだけど、トーヤ君の時間裁断に近い気がするんだよね。トーヤ君は時間を線じゃなく点で認識するけど、向こうはおそらく三次元空間を線じゃなくて点で移動してる。それをどう実現してるかは、悔しいけどまったくわかんない」
空間の点移動。確かにその推論には納得感があった。
「正直なところ、現状では向こうのバディの方が格上だね……」
それは俺も同意する。
具体的なところで言えば、直線的な俺の動きではカナタのランダムな動きは捉えきれなかったし、そもそもスピード負けしていた。その原因の一つが、力場と粒子。推進力の違い。
「なのでこれを機に、加速原理を向こうと同じよう
「スピードが上がるけど制御が難しいって言ってたけど、それは大丈夫なのか?」
「んーこればっかりはやってみないとわかんない。ただ、使いこなせれば力場とは比べ物にならないくらいの加速力が得られる。しかも
それがメリットということか。
「今より強くなれるなら、試す価値はあるな」
「うっし。じゃあ実戦形式でやってみっか!」
俺とミレイは窓際の机に移動した。椅子に座ってダイブデバイスを装着する。
「ちなみに実戦形式って」
「そりゃランクマッチっしょ」
ランクマッチ。
公式大会の成績も反映されるため、地方大会三位だった俺はグレード2『アルジェンティ』からのスタートとなる。
これまで俺達がランクマッチをせずにAIやエネミーを相手にしていたのは、俺の基本戦闘技術の訓練や時間裁断のコントロールに主眼を置いていたのもあるが、それ以上に、俺に自信がなかったからだ。
これまで何度もランクマッチの提案はミレイや赤坂先輩からあったが、俺はそれに何かと理由をつけて断ってきた。
それは人間を相手に負けるのが怖かったから。もし上手くいかずに負けたら、自分の価値はゼロかマイナスになってしまうから。
けれど今はもう違う。大会を経て、カナタとの一戦を経て、俺の中には強くなりたいという気持ちが大きく溢れてきている。今回はミレイがそのためのヒントも掴んでくれた。
なら、進むべきだ。
俺達はダイブインし、瞑想、時間裁断、脳疲労ケアの一連のルーティーンをこなす。
そして空間が切り替わり、ARSのロビーが現れた。
巨大な樹を囲むように、宝石のような石で出来た床が幾重にも連なっている。配信で何度も見たことのある空間だ。来るのは初めてだが、良く知っている。
鉱石の床で出来た広場を横切り、並んだブースのうちの一つに向かう。
「ランクマッチ受付です。エントリーしますか?」
エルフ型のアバターが話しかけてきた。
「はい」
「ではプレイヤー、エンジニア双方のスキャンをさせて頂きます……はい、結構です。違法コードなし。淵守トーヤさん、グレード・アルジェンティ。それではいってらっしゃい」
体が淡い緑の光に包まれ、そのまま空に打ち上げられる。通常ならこのまま天空で待つのだが、今回はすぐにマッチングが決まったらしい。そのまま試合会場に飛ばされる。
着地した俺が目にしたのは、どこかの森の中の開けた場所。向かい側には刺々しい黒い鎧を纏い、大剣を持った相手がいる。
開けたフィールド。ここなら
相手はいかにも鈍重な見た目をしているが、
俺は右手に刀を生成した。
『噴出点の制御はこっちである程度はやる。あとは自分のイメージで!』
『わかった』
『行くよ、トーヤ君』
『ああ』
俺は刀を構えると、右足を大きく後ろに引いた。
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