32. ライバル

 力場の反発力を使って、空中を走りながらカナタを追う。カナタは足元から光の粒子を吹き出しながら逃げる。そんな追いかけっこを先程からずっと続けている。


 カナタは直線的な動きをしたかと思うと、左右にジグザグな動きを混ぜてこちらを翻弄してくる。隙を見計らって小刀を投げてみるが、当たるはずもない。


 力場の反発係数はいつもより大幅に上がっていて、俺の加速力も普段より相当高いはずだ。にもかかわらずついていくのがやっと。まったく埒が明かない。


『時間裁断を使う』


『おっけー。相手の予測軌道送るね』


 ミレイが割り出した動きがイメージの中に伝わる。井の頭線渋谷駅の連絡通路を上に上がるルートだ。俺はスピードの中でその座標に向けて少し向きを変え、トリガーを引く。


『時間線、裁断』


 瞬間、カナタの動きが軌跡を残しながらゆっくりとスローモーションになる。ハチ公像の前で飛んで、そのままミレイの予測演算どおりに連絡通路の上に向かっていく。俺は加速しながら刀を構え、カナタの背中目掛けて斜めに振り下ろした。


 はずだった。


 俺が袈裟に斬ったはずの背中は刃が触れた瞬間に消えた。


『裁断、凍結』


 慌てて時間裁断を解除する。


「なんだよ、それ。おもしれーことするな、あんた」


 左斜後方、ハチ公前広場の上空から声がした。


「なっ……」


『なんだあ!?』


 ミレイも動揺している。時間裁断の中で動いているのはわかる。あれはあくまで俺の内的な体感時間に作用するものであって、外界の時間に干渉するものではない。だがカナタは確かに『消えた』。素早く動くならまだ理解できるが、消えたのだ。


「危なかったぁ。背中からバッサリとか、結構容赦ないんだな」


 そう言うとまたふっと姿が消えた。


「おーい、こっちだよ」


 今度はセンター街の入口上空から声がする。慌ててそちらに向けて刀を構えた。


『トーヤ君、気を付けて』


『わかってる。反射強化、頼んだ』


 またカナタの姿が消えた。今度はハチ公口の上に、その次は109の看板の前に。そして両手の曲刀を振り下ろしながら、俺に飛び込んできた。


 が、その刃は俺に届かなかった。俺の周囲に展開された力場の反発力によって、カナタは弾き飛ばされる。


「おいおい、すげえな。そんな使い方あんのかよ」


『へっへー。見たか!』


 得意気なミレイだが、その思考はカナタには聞こえていない。俺は時間裁断を発動したこと、普段より速度を上げて加速したこと、そしてカナタの意味不明な動きについて行ったことが重なり、脳疲労が溜まってきていた。


 対するカナタは涼しい顔をしている。まだ余裕がありそうだ。


「飛び回るのも飽きたな。正面から行くか」


 その言葉どおり、カナタは両手の曲刀を構えて正面から飛び込んできた。刀で迎撃する。カナタの剣は一撃一撃がそれほど重くない代わりに、とにかく速い。かまいたちを相手にしているようだ。


 打ち合いの中でカナタは後ろにステップをして距離を取ると、曲刀を構え直した。すると曲刀の刀身から光の粒子が吹き出し、みるみるうちに光の刃が生まれた。長さは俺の刀と同じくらいある。


 それを振りかぶりながら再び撃ち合いが始まる。光で延長された曲刀の刃は確実に俺を仕留めようと迫ってくる。こちらはそれを跳ね除け、いなす。隙を見て攻めに転じるが、カナタは両刀をうまく使い巧みに刃をガードし、あわよくば俺の手から刀を弾き飛ばそうとしてくる。


 嵐のような剣戟の中、最終的に互いの刃が互いの首元を捉え、俺達の動きは止まった。


『はい。そこまで。試合終了だよ』


 住吉さんの声が無人のスクランブル交差点に響く。



 ダイブアウトした俺とミレイは、智原さんが用意してくれた飲み物を飲んでいた。


「おもしれーな、あんた」


 脚を組みながら、カナタが俺に言う。


「そりゃどうも」


 そう言いつつ、俺は内心焦っていた。練習試合と銘打たれてはいたが、今の戦闘、どう考えても相手は格上だった。剣戟といい、あの不可解な動きといい。


(こんな奴がいるのか)


 もし何の情報もなくこんな奴と大会で当たっていたら、おそらく瞬殺されて終わっていただろう。


「あんたなら少しは楽しめそうだ」


「おい、あんまり調子に乗るなって言ってんだろ」


 智原さんがカナタの頭にチョップする。それから俺とミレイの方を見て、少し困ったような笑みを浮かべて言った。


「うちのバカと遊んでくれて、ありがとうな」


 あのレベルで遊びだって?俺は正直自信を無くしかけていた。せっかく時間裁断を操れるようになったというのに、あっさりそれを躱されてしまったうえに、いいように翻弄されて終わった。


 だが今後の大会で勝っていくためには、こういう奴も倒さなきゃいけないはずだ。それが果たして自分にできるのか、疑問だった。




「今日はどうだった?」


 帰りの電車の中で、赤坂先輩が俺とミレイに訊いてきた。


「楽しかったっす!特にあれ、あの空間移動!意味分かんないっすよね!興味深いにも程があるっす!」


 もっと解析したいと意気込むミレイに対して、俺の気分は晴れなかった。


「あれは……正直試合になってなかったと思います」


「そうか?」


「はい。一方的に遊ばれていただけでした」


 赤坂先輩はそんな俺の肩に手を置いて言った。


「天野カナタはああいう奴だ。っていうのはリョウから聞いたんだが、とにかく、来にしすぎなくていい。お前の実力だって引けを取っていなかったはずだ」


「……はい。ありがとう、ございます」


 先輩は俺の肩から手を離すと、並んで車窓の外を眺め始めた。


 果たして先輩の言うように、引けを取っていなかったのか、俺には疑問が残るばかりだった。

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