31. 練習試合
翌週水曜日、俺達は八坂大学の駅から一番近い門の前に立っていた。
俺とミレイは濃いグレーの強化プラスチック製ケースをそれぞれ持っている。中には
赤坂先輩はスマートフォンを取り出し、誰かに電話を掛けている。それから5分ほどして、門の向こうから一人の男子学生が手を振りながらやってくるのが見えた。
「やあ、待たせてしまってすまいないね」
「こっちこそ予定合わせるのが急になってしまってすまなかったな」
どうやら彼が赤坂先輩の言っていた昔からの友人らしい。
「そちらが例のルーキー達かい?ヒロト」
「ああ」
赤坂先輩が俺達の方を見た。
「神原大学一年の葦原トウヤです」
「同じく一年の蔵識ミレイっす」
「よろしく。僕は八坂大学三年の住吉リョウ。この学校でeスポーツ同好会の部長をやっているんだ。立ち話もなんだし、さっそく向かおうじゃないか」
ゲーム研究会の三人に住吉さんを加えて、四人で歩き始めた。
八坂大学は都内近郊でも特に大規模な大学の一つ。キャンパスはここ以外にも複数あり、一つ一つが街のように広いと聞く。その噂に違わず、この中央キャンパスと呼ばれる場所も俺達の大学よりも遥かに広かった。案内がなければ迷子になっているところだ。
「僕とヒロトは幼馴染でね。もう聞いているかもしれないけれど、同じ道場に通っていたんだよ」
「俺は怪我をして止めちまったけどな。こいつは段位もそれなりに持ってるんだ」
俺とミレイは二人の思い出話なんかを聞きながら、歩いていく。
やがてコンクリート打ちっぱなしのアパートのような建物が現れた。住吉さんの先導でその中に入る。ガヤガヤと賑やかな雰囲気。おそらくここがこのキャンパスのサークル棟なのだろう。
エレベーターに乗って最上階の五階に上がった俺達は、吹き抜けのホールのすぐ隣にある部屋の前にたった。『eスポーツ同好会』と印字されたプレートが引き戸に取り付けられている。
住吉さんは引き戸を開けて、中に入った。
「やあ。おまたせ、二人とも。連れてきたよ」
部室の中には長机が二つ向かい合わせで置かれ、その周りに何脚かの椅子が置かれていた。まるで会議室のような雰囲気だ。長机の片方に並ぶように
「おー、お疲れ様です。飲み物、買っておきましたよ」
メガネを掛けた学生が言った。
「ありがとう。助かるよ」
お茶や水、ジュースのペットボトルが何本も固まって置かれた一角を見ながら、住吉さんが言った。
「もう待ちくたびれたよ!で、誰が対戦相手?」
小柄な学生が立ち上がって言った。眉上くらの長さの前髪が特徴的なミディアムヘア。隣にいたメガネの学生が頭にチョップを落として座らせた。
「まあまあ、まずはちゃんと紹介をしなくちゃね」
その言葉にメガネの学生が立ち上がる。座らされたばかりの小柄な学生も再び弾かれるような勢いで立ち上がった。
「神原大学三年、ゲーム研究会部長の赤坂ヒロトだ。今日は練習試合を承諾してくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ貴重な時間をありがとうございます」
メガネの学生が礼をしながら言う。
「それから、こちらが神原のバディだね」
「一年の葦原トウヤ、プレイヤーです。よろしくお願いします」
「同じく一年の蔵識ミレイ、エンジニアっす。よろしくっす」
「じゃあ、あんたたちが部長の言ってた『期待の新人』ってやつか!」
「おい、俺達の自己紹介がまだだろうが。失礼だぞ」
テンションが上った小柄な学生を、再びメガネの学生がたしなめる。
「二年の
メガネの学生が穏やかな口調で自己紹介をした。
「俺、一年の天野カナタ!プレイヤーね!よろしく!」
小柄な学生は今にも飛びかかってくるんじゃないかという勢いでそう言った。
「それじゃあお互い自己紹介も終わったことだし、早速準備を始めようか」
住吉さんが言う。入り口付近に固まっていた俺達は部屋の中に進んでいき、空いている方の長机に座って、準備を始める。ケースを机の上に出してロックを外し、開いた。分厚いクッション材で区切られた上部と下部にそれぞれ入った端末とダイブデバイスを取り出す。ダイブデバイスは頭の上を通る部分を倒すことで、リング状に畳むことができるようになっていた。
「男ばっかりの空間でごめんね、蔵識さん」
「いえ、ぜーんぜん気にならないっすよ」
ミレイは住吉さんと話しながら準備を進めている。
机の上には電源のタップや無線回線のハブが置かれている。俺達はそれらを借りながら配線を終え、用の無くなったケースを床の上に置いた。合わせた長机の上には
「準備はできたかな」
智原さんが俺達に視線を向けながら言う。
「大丈夫です」
「大丈夫っす」
「それはなにより。そしたらルールを確認しておこうか」
智原さんが言う。
「基本的には公式大会のものに準ずる感じだな。銃火器使用は禁止。意識干渉も禁止。ステージはランダム」
「それで大丈夫です」
「異存ないっす」
それを聞いた智原さんは満足げに頷いた。隣の天野カナタは言葉こそ発していないが、興奮を抑えきれないといった様子だ。
「先輩達も準備いいですか?」
机二つをくっつけた巨大なテーブルの上座に赤坂先輩と住吉さんが並んで座っている。その前にはモニター用のノートPCが一台。
「こっちもOKだよ。いつでもどうぞ。一応練習試合だし、カウントをしておくかな」
住吉さんは一同を見渡す。全員、ダイブデバイスを装着していた。
「よし。それじゃあ。いくよ。3、2、1、ダイブ・イン」
俺と天野カナタは、夜のスクランブル交差点で対峙していた。ただし人は一人もいない。建物や信号機、サイネージなどの明かりが煌々と灯る中、俺達は向かい合っている。
相手の手にはメリケンサックに長い刃を付けたような、ギザギザした刃の曲刀。あまり見たことのない武器だ。両方の手に、逆手にそれらが握られている。対するこちらはいつもの日本刀。
距離はおよそ20m。両足に力場を生成し、超加速の準備をしておく。
相手はファイティングポーズのように曲刀を構え、姿勢を低くしている。相手も加速の準備をしているように感じた。
待っていても仕方ない。俺は力場を踏み込み、反発力で一気に加速して相手との距離を詰める。それとほぼ同時に、相手も脚から光の粒子を撒き散らしながら凄まじい加速をし、20mの距離は一瞬で縮まった。
互いの刃が交錯する。
「へえ、あんた、そこそこ速いじゃん」
(こいつ喋る余裕があるのか!?)
俺の横薙ぎを両手の曲刀で受け止めた天野カナタは、片方の刀を上に振り上げて、俺の刀を弾き上げた。俺は体制を整えるよりも退いたほうが速いと判断し、力場を使って斜め上後方に跳躍した。
コードによるものか、電撃のような光を引き連れながら、曲刀をX字に構えた天野カナタがすかさず突っ込んでくる。なんて速さだ。
そのまま左から、右から、曲刀の攻撃が飛んでくる。俺は構えた刀の角度を変えながらさばいていく。
『まずいね、防戦一方だ』
『時間裁断を早めに使うか』
あれから瞑想と戦闘訓練を繰り返し、俺はほぼ自在に時間裁断を操れるようになっていた。それでもノーリスクというわけにはいかない。やはり脳にはある程度ダメージが溜まる。
だがこの状況はよくない。やはり早々に決着を付けてしまうべきか。
「どうしたよ!防ぐだけか!」
ガキン、ガキン、と俺の刀に曲刀を振り下ろしながら、天野カナタが言う。
「うるさいな。こっちは集中してんだ」
「あんた、余裕なさそうじゃん。もっと楽しもうぜ。あと俺のことはカナタでいいよ」
『身体強化』
『あいよう』
横に構えていた刀で曲刀を振り払う。少しだけ距離が開いた。俺の間合いだ。真上から振り下ろす。
カナタは右手の曲刀でそれを受け止めた。隙は与えない。俺は左手に小刀を生成し、がら空きの胴体目掛けて瞬時に投擲する。
が、その動きに瞬時に対応したのか、はたまた読まれていたのかわからないが、体を捻って小刀を回避し、間合いの外に瞬間移動のような速さで抜けていった。
スクランブル交差点の空中に立って、俺は109を背に、カナタは渋谷駅を背にしている。
「せっかくだしもうちょい遊んでみようぜ。俺を捕まえてみな」
そう言うとカナタは光の粒子を放ちながら、謎の超加速でそこらじゅうを飛び回る。ハチ公口に現れたかと思うと、光の軌跡を残しながら、今度はセンター街の入口前にいる。そんなでたらめな動きを繰り返している。
『ミレイ、あの動き』
『わっけわかんねえ。なんだよあの動き。それにあの粒子!』
『力場の反発係数を上げてくれ。あとは視覚と反射強化。俺はとにかく奴を捕まえる。解析は頼んだぞ』
『おっけー。制動、気をつけてね』
『わかった』
俺は力場を踏み込むと、東急プラザの空中にいるカナタ目掛けて、刀を構えながら一気に突っ込んでいった。
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