29. 目覚めの刻
月曜日、部室にやってきたミレイは、上機嫌で早速パッケージの中身を端末にインストールした。今は一人でダイブインして、中身を見ているようだった。
「あの後、大丈夫だったか?」
小さな声で赤坂先輩が訊いてきた。
「大丈夫、だと思います。たぶん」
「そうか。葦原がそう言うなら、信じるよ」
ミレイを見た。今彼女の意識は
俺達がそんな話をしていると、ダイブアウトしたミレイがデバイスを外しながら言った。
「これおんもしれー!そりゃPvPじゃ使えないわけだわ」
「何が入ってたんだ?」
「んーとね、触れた相手を消し飛ばす技とか、相手に乗り移って操作する技とか、そういう感じ」
とてもじゃないが人間相手に使えるものではなさそうだった。
「あ、でも斬撃を実体化させて飛ばすやつとか、重力制御で飛んだりするやつとかは行けるかな。このスニペットまんま持ってくのはさすがにルール違反だろうけど、リバースエンジニアリングして再現すればいけるっしょ」
それもそれでギリギリな気はするのだが。ともかく、PvPでは使えないという高屋氏の言葉に偽りはなかったようだ。
「他にもあるのか?」
「あとはねえ、シミュレーター系もあるよ。脳疲労ケアのプログラムとか、瞑想プログラムとか」
コード集と言うからには技の大全といったものを想像していたが、瞑想なんていうのもあるのは意外だった。
「あ、待って。ちょっと思いついた。トーヤ君、こっち来て」
呼ばれるままに窓際に向かい、いつもの端末の前に座る。
「はい、今から瞑想プログラムをやりまーす」
「なんで急に」
「瞑想って自分で自分の意識をコントロールする力を養う助けになるんだよ。だからそれで意識変容を自分で制御できるようになれば、時間裁断も自由に使えるようになるかもって思った」
「なるほど」
正直半信半疑ではあった。マインドフルネスとか瞑想が精神や脳に良いというのは聞いたことがあったが、自分でやったことはないし、それがどういうものなのかも良くわからない。
ただミレイの言葉には説得力があった。
「やってみようかな」
「おー!やろうやろう!」
俺はダイブデバイスを装着した。
すぐにミレイが操作し、ダイブインする。
切り替わった意識は、どこまでも広がる真っ白い空間を捉えた。
『じゃあ始めようか。瞑想プログラム起動!』
薄緑の光が集まり、急速に新しい空間が形成されていく。床、壁、天井、オブジェクト。
現れたのは四方に注連縄が掛かった、神社の本殿を思わせる広い部屋だった。その中央に俺は立っている。俺の周りには四本の燭台が立てられ、和蝋燭が燃えていた。
『ここからはシミュレーターが瞑想をサポートしてくれるから、あたしは少し黙ってるね』
『わかった』
俺は何かに促されるようにその場に座り、座禅を組んだ。ふと右を見ると、いつも戦闘で使っている刀が抜き身のまま置かれている。なんとなく俺は刀を手に取り、両膝に渡すように置いてみた。触れていることが大事な気がしたからだ。
そして、目を閉じる。
意識が変化していくのを感じた。ダイブインに近いが、もっと緩やかに切り替わっていく感触だ。
やがて俺の意識には、あるイメージが浮かんだ。それはどんどん鮮明になっていき、まるでその光景の中に自分がいるかのようなリアリティを感じる。
川だ。
記憶の隅から、その風景が現れた。幼い頃、家にいるのが嫌で、抜け出して遊びに行っていた近所の大きな自然公園。その中を流れていた川。俺は今その川岸に立って、流れをただ眺めている。
眼の前には大きな飛び石が四つ。そうだ。よくここで川を渡って遊んでいたんだっけ。広さの割に浅くて流れも緩やかだから、子どもが遊ぶのには丁度良かった。
イメージの世界で、飛び石を飛んだ。一つ、二つ、三つ、四つ。向こう岸へ辿り着く。振り向いて再び飛び石を飛ぶ。もとの岸辺へ戻る。それを何度も繰り返した。
繰り返した後で、また川岸から川を眺める。
(ああ、そうか)
俺の中で何かが繋がる。川、石、飛ぶ。
(俺は、川の中に置かれた石を飛んでいけばいいんだ)
『それ』に至った瞬間、飛び石の配置が川を横切るものから、川の流れに沿うものへ変わる。
俺は今まで流れを分断しようと思っていた。時間線を切ることの意味。たぶん、俺は間違えていた。流れは邪魔してはいけない。ただその流れの中を点々と飛んでいく。それでいいんだ。
瞑想を終了する
『プログラムおつかれー。どうだった?なんか掴めた?」
『根拠はないけど、何か掴めたかもしれない』
『ほっほーう。さすがだねえ。んで、どうする?』
『時間裁断を試したい。どこか、エネミーのいないところで』
『んー?エネミーいなくていいんだ。おけおけ』
ミレイの言葉とともに荘厳な大部屋は消え去り、霧に包まれた水場のフィールドが現れた。眼の前には滝。俺は水面に立っている。
右手を広げる。瞬時に刀が生成された。正面で構える。
『――時間線、裁断』
瞬時に意識が切り替わるのを感じた。流れを邪魔するのではなく、その流れとともに点々と飛んでいく。
眼の前の滝の流れがコマ送りになった。
刀を横薙ぎに振るう。滝の下部分の水が『斬れ』て、その裏にあった岩肌が露出する。それは本来、一瞬で次の水が来て消えるはずの跡。だが今はその一瞬が細かく分割されている。
『裁断、解凍』
時間は再び通常の流れに戻り、俺が斬った跡はもうそこにはない。次から次へと水が流れ落ちていく。
『……わ。え?できた?バックアップもなしに?マジで?』
ミレイの驚く声が頭に響く。
『瞑想プログラムのおかげだよ』
そう言って俺は瞑想で見たイメージを、思考を通じてミレイに伝える。
『なるほど。断ち切らず、流れに従う、か。悟ったね』
悟ったというほど大層なものかはわからないが、とりあえずイメージは掴めた。そしてそれを元にして時間裁断の発動、つまり意識の切り替えもできた。
『トーヤ君、瞑想は習慣的にやると効果が高まるんだよ。知ってた?だからこれからは毎日のルーティーンに入れてみてもいいかもしれないね』
『それで自由に時間裁断が制御できるようになるのか?』
『この感じだと多分できるね。あたしにはそう見える』
『なら、やろう。できることはやっておきたい』
『よっし。それじゃあ戦闘訓練の前に瞑想から始めるようにしよう!』
俺達はそこで一旦ダイブアウトして、今は部室中央のテーブルを先輩たちと囲んでいた。瞑想と時間裁断を続けてやったため、俺の負荷を考慮して一度休憩を取ることにしたのだ。
「ちょっと聞いて欲しい」
赤坂先輩が言った。全員が視線を向ける。
「前回の大会を踏まえての提案なんだが、他サークルとの練習試合を組んでみようと思う」
「練習試合、ですか」
「ああ、AI相手の戦闘訓練はもちろん大事だが、それ以上に対人戦闘の経験を積んでおくべきだと思ってな」
「なるほどねえ。確かに前回はぶっつけ本番だったしねえ。対人戦ならランクマッチでもいいけど、大会ってなると顔の見える相手が敵になるわけだし」
栖先輩がリモコンで冷房の温度を下げながら言った。
「確かに……」
「あたしはさんせーっす!」
俺とミレイも異存は無かった。
「でもでも、アテはあるんすか?」
「俺の昔っからの友人が八坂大学のeスポーツサークルの部長でな、そこで
面白いバディ。プレイヤーでもエンジニアでもなく、バディが面白い。それは興味がある。
「この前そいつと飲んだ時にちょっと練習試合の話をしてみたんだが、向こうは快諾してくれたよ。来週のどこかでどうか、って話になってる」
各々スマートフォンを取り出して、スケジュールを確認し始めた。
「まあまだ月曜だ。返事は今週いっぱいで良いと言われてるから、明後日くらいまでにみんな俺に空いてる日を教えてくれ」
はい、とかはいっすーとか、口々に返事をする。
練習試合。面白いバディ。ワクワクしている自分がいることにどこか驚いていた。きっと前だったら真っ先に不安を感じていただろう。一体俺の何が変わっただろうか。
その答えは、今の俺にはまだわからない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます