27. 邂逅
現れたのは地面にマス目が描かれた何も無いフィールド。まるでモーションキャプチャーか3D撮影のスタジオのようだった。
前方に
俺は即座に利き手に刀を生成し、力場を蹴って前方に飛び出す。相手との距離はおよそ20mといったところ。だがやはりというべきか、相手の尾の間合いに入った途端、振り回し攻撃に襲われる。先端の岩塊が俺の顔にぶち当たる、そのすんでのところで空中を蹴って後ろ向きに跳び、距離を取る。
『あの尻尾、めんどーだね』
『だけど逆に言えばそれだけだ』
『どうすんのさ』
『あれを斬る。その準備をする』
『おけ。まっかせたまえ』
日本刀を手放す。それは薄緑の粒子となって分解されるが、霧散することなく両手に広がり、双剣に再生成される。
敵と正対し、再び跳躍で距離を詰める。10mまで迫ったところで、今度は相手が背中を向け、上から尾を振り下ろそうとしてきた。
俺は尾が振り上げられたタイミングで地面を蹴って、上へ飛ぶ。相手は咄嗟に振り返り、こちらを向く。相手の頭の高さまで到達したところで、その顔面に向かって両手の短剣を投げつけた。
双剣は正確に敵の両目に突き刺さり、相手は悶え苦しみながら両手で顔を押さえる。
そのまま着地した俺は日本刀に持ち替え、両足の力場を使いながらその反発力で前方へ走った。相手はまだ悶えている。敵の間合いに入るが、攻撃はない。そのままスライディングの体勢を取り、相手の脚の間を滑り抜ける。
そしてすり抜けざまに刀を振るい、背後でゆらゆらと揺れていた尾を半分程度のところで切断した。
滑っていく身体を止めるように手をつき、それを軸に180度方向転換して立ち上がる。敵のがら空きの背中がよく見えた。
軸足に力を込め、跳躍する。一閃。敵の背中を左上から右下に向かって袈裟斬りにする。
目に受けた双剣、尾の切断、そして背後からの一撃。それらのダメージが上限を超えたらしく、エネミーは塵化して消えていった。
ダイブアウトした俺達を待っていたのは、万雷の拍手だった。戸惑いながらも、ダイブデバイスを外し、立ち上がって客席の方に二人揃って礼をする。
「ありがとうございました。今一度両選手に大きな拍手を」
高屋氏が言うと、拍手はさらに大きくなった。そうしてひとしきり盛り上がると、さーっと波が引くように会場は静かになった。
俺とミレイは高屋氏の誘導でステージの階段を降り、座席に戻る。
「先程の模擬戦闘、お気づきになられた方もいらっしゃるかと思いますが、注目すべき点が多々あります」
眼の前のARスクリーンに、先程の戦闘の場面がいくつか切り取られて表示されている。
「
続いて映像が流された。俺が力場を使って走っているシーンだ。
「これは淵守選手の足にMNDLコードで生成した反発力を持つ力場を発生させ、それを蹴って加速しています。力場の生成、そしてその反発力を操るアバターの操作技能。お二人のコンビネーションが最大限に活かされているシーンですね」
そして俺が背後から敵を両断するシーンが再生される。
「これ、お気づきになられたでしょうか?実はこの刀はただの日本刀ではありません。
隣に座るミレイを見る。してやったりというニヤけ顔をしている。
「淵守選手のアバター操作技能、逆月選手のプログラミング技能、いずれも高いレベルで組み合わさっています。それを支えているのが、何よりスピーディーな意識間伝達なのです」
それから高屋氏のプレゼンは度々俺達を例に上げながら、研究事業の内容へと進んでいった。
そうして全団体の発表が終わり、フォーラムは幕を閉じた。
俺達は再び高屋氏の会社であるイクス・プロジェクション社の控室に通されていた。
「いやあ、本日は本当に素晴らしい模擬戦闘を見せて頂き、ありがとうございました」
「いえ、その、こちらこそ呼んでくださってありがとうございました」
「楽しかったっす」
「はは、それはなによりです。私も仕事抜きに
そう言いながら高屋氏は立ち上がると、テーブルの向こう側から企業ロゴが入った小さな紙袋を持ってきた。
「本日のお礼といってはなんですが。受け取ってください」
俺に向かって差し出される紙袋。
「ありがとうございます。これは……」
「弊社の資料と、それからMNDLコードのパッケージが入っています」
ガタッと隣で立ち上がるミレイ。
「Modではありませんが、さすがにPvPでは使えません。ただ、お二人の今後の研鑽の参考になれば、と思いまして」
「ありがたく頂戴するっす!わー、さっそく展開したいっす!」
「ははは、よほどお好きなんですね」
「そりゃもう!」
ミレイは俺から紙袋を奪い取ると中身を覗いている。
「あの、ところで伺いたいことがあるんですが」
「はい、えっと、なんでしょうか?」
「前回の大会の最終試合、最後に突然葦原さんがダウンされたように見えました。あれは何かのトラブルだったのでしょうか?私には何かをしようとして失敗してしまったように見えたのですが」
「あれは……」
「あれは、あたしのせいっす」
紙袋から視線を高屋氏に移し、ミレイが言った。
「差し支えなければ聞かせて頂けますか?」
「トーヤ君……彼には必殺技あったんです。時間を線ではなく点として認識することで体感時間を操作する超抜級の高速戦闘っす」
「なるほど」
「ただあの時点で発動成功率は6割。あの時も彼の意思による発動は失敗した。だからあたしが発動成功時のデータをモデル化したものをコードに加工して、それをアバターに逆流させて強制的に発動させようとした。その結果があれっす。だからあたしのせいなんす」
「よくわかりました。すみません、言いづらいことを訊いてしまって」
俺もミレイも首を振る。事実は事実だから、しょうがない。
「それにしても意識の変容を使った技ですか……。もちろんそれは葦原さんご本人の鍛錬次第ではあると思いますが、お渡ししたパッケージに入っているコードを使ってPvEで訓練するのも手かもしれません。あくまで私見ですが」
このパッケージにどんなコードが詰め込まれているのかはわからないが、もし時間裁断の制御に役立つのなら、それに乗らない手はない。
「アドバイスまで頂いてありがとうございます。帰ったら早速試してみようと思います」
「あたしも賛成っす」
高屋氏は笑顔で頷く。その後、左腕のスマートウォッチを見て言った。
「すみません、長くお引き止めしてしまったみたいですね。改めて本日はありがとうございました。引き続き、応援しています」
全員が席を立った。ずっと黙って座っていた赤坂先輩と
俺達は控室を後にして、赤い絨毯が敷き詰められた床を出口に向かって歩いていた。建物全体が円形をしているので通路も緩やかに曲がっている。
「二人とも今日はお疲れさん」
「相変わらずかっこよかったよう」
先輩たちが口々に言う。
「ありがとうございます。結構緊張しました」
「あたしはそれより早くこのパッケージを試したいっす!」
「明日は日曜日だから、明後日かな」
「えー、待ちきれないよー!」
そんなことをお互いに言いながら歩いていたその時だった。
「蔵識君、か?」
後ろから男性の声がした。全員が振り返る。
見るとスーツ姿の背の高い初老の男性が立っていた。
「先、生……」
ミレイが呟く。先生?学部の教授だろうか。それにしてはミレイの様子がおかしい。眼鏡の奥の目は、まるで突き刺すような鋭さを帯びている。
ミレイが一歩、その男性に向かって踏み出した。
「ミレイ」
思わず呼び止める俺。ミレイは俺達の方を振り向いて言った。
「先、行っててください、っす。すぐに追いかけるんで」
「そうか?じゃあ隣のカフェで待ってるからな」
赤坂先輩はそう言うと、あっさりと踵を返して歩き始めた。栖先輩はどこか心配そうな様子だったが、やはりそれに続く。
「トーヤ君も。心配ないから」
「……わかった。待ってるからな」
「うん」
一抹の不安を覚えながら、俺も先輩たちについて行った。
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