第三章 その先に手に入れた今日だ

26. to:神原大学ゲーム研究会様

 大会から一、二週間ほど経ったある日、ゲーム研究会に一通のメールが送られて来た。送り主は『イクス・プロジェクション株式会社』とある。部室に集まってすみか先輩のPCを覗き込んでいた俺達は、怪訝な顔で目を見合わせた。


 件名は『IR×MNDLフォーラム参加のご依頼』とある。6月、つまり今月下旬に都内でIR技術とMNDL技術のフォーラムが行われるので、そこでARSアルスの戦闘実演を行ってほしいとの依頼だった。メールには大会を観戦してプレイングに感銘を受けたため声を掛けたともある。


「良かったじゃないか」


「すごいじゃん、二人とも。企業から声が掛かるなんてそうそうないよー」


「そんなもんっすかね」


 ごくごくとペットボトルの炭酸飲料を飲みながらミレイが言う。


「葦原はどう思う?」


「断る理由はないと思います」


「だよな。それに今のうちから企業に顔を売っておくのは大事だぞ。就活生からのアドバイスだ」


 そういう赤坂先輩は数日前に内定が出たらしく、ささやかなお祝いの会をこの部室でやったのだった。


「んー、みんなが行くって言うならあたしも行くかなあ」


 どこか気乗りのしない様子のミレイだったが、結局は全員揃って行くことになった。



 かくして6月の第4土曜日。東京都内の港湾地区。広いイベントホールなどがいくつもある地域に、俺達は向かっていた。電車を降りると都会の蒸し暑い空気が一気に襲いかかってくる。


 皆、すっかり夏の装いになっていた。会場は駅から徒歩7分ほど。建物も多いので、可能な限り中を通ったり日陰を歩いたりしながら移動する。ちらりとミレイを見た。黒のショートパンツに白いTシャツの姿。ショートパンツから伸びるすらりとした脚に、一瞬だけ目を奪われそうになって、慌てて視線を逸らす。


 何を考えているんだ。


 ようやく会場についた。自動ドアをくぐって中に入ると、冷房の効いた空気で一気に冷やされる。


「あー、生き返るう」


 今にも倒れそうだった栖先輩が言う。


「今日は特別暑いからな。お前達も水分、ちゃんと摂れよ」


 赤坂先輩が俺達に言った。


 俺達は入口正面の受付に行くと、事情を話した。受付の男性は「少々お待ち下さい」と言って、手元のタブレットを操作しながら、耳に付けたインカムで何かを話している。


「ああ、お待たせしました。神原大学ゲーム研究会さんですね」


 受付の左の通路の億から、ポロシャツにスラックスの男性が小走りで近付いて来た。胸には名刺を入れたケースをぶら下げている。


「本日はお越しいただきありがとうございました。私がメールをお送りした者です。高屋たかやイヅナと申します」


「こちらこそお呼びいただきありがとうございます。部長の赤坂ヒロトです。本日はよろしくお願いいたします」


 赤坂先輩が挨拶をする。高屋氏は赤坂先輩に名刺を差し出した。頂戴します、と言いながら、軽く礼をして受け取る先輩。ポケットから素早くカードケースを出すと、それに仕舞った。


 それから順番にすみか先輩、ミレイ、俺と名刺を受け取る。名刺を受け取る作法なんてわからないから、赤坂先輩が先陣を切ってくれたのはありがたかった。


 高屋氏に連れられ、俺達は会場の奥に向かった。やがて控室の並ぶ一角に着くと、彼はそのうちの一つのドアを開けて、俺達を中に入れてくれた。どうやらここが彼の会社の控室らしかった。


 会議室のような大きなテーブルが真ん中にどかんと置かれ、其の回りにいくつも回転式のワーキングチェアが置かれている。奥のほうには何人かの社員がいて、PCやタブレットを前に何かを相談しているようだった。高屋氏に促され、俺達は入口に近い角に座った。


「メールでもお伝えしましたが、当社のメインは福祉事業へのIR技術の導入です。例えば意識はあるが意思疎通が難しい方とのコミュニケーションなどへの活用を行っています」


 大きめのタブレットに資料を映しながら説明する。


「それとは別部門になるのですが、私のいる部署ではARSアルス端末間、つまりプレイヤーとエンジニア間のシンクロ速度を高める研究を行っているんです。今日は先日の大会でのご活躍を拝見して、そのシンクロ能の好例として実演をお願いしたいと思った次第です」


 なるほど、とか、うんうん、とか、黙って頷いたりしつつ、用意された飲み物を必死に飲みながら聞く俺達。


「シンクロ速度の研究、あたしすっごい興味あるっす。もし今日どこかで時間があったらお話聞いてもいいっすか!?」


 相変わらず目上の相手にはその口調なのか。最初にメールを見ていた時の態度はどこへやら、興奮した様子でミレイが言う。


「もちろんです。興味を持ってくださって私も嬉しいですよ。ぜひお話をさせてください。資料も用意しておきますね」




 それから20分ほど話した後、フォーラムが始まった。俺達はイクス・プロジェクションが用意してくれた座席に座って、発表を見ていた。


 精神医療分野への導入を目指すベンチャーや研究機関。IRセキュリティソフトの開発を行う企業、ARSの周辺機器の開発を行う企業、意識同士の同調に関する研究を行う大学の研究者。


 IRとMNDL。それを題材に様々な発表が行われた。そしていよいよイクス・プロジェクションの番。壇上にデスクとチェア、そしてARSアルスの端末のダイブデバイスが二台用意される。


 セッティングが終わると、高屋氏が登壇した。挨拶と、俺達にもしてくれたような一通りの事業説明や研究説明をした後、先日の大会、STELLA MARISステラ・マリスとそこでの俺達の戦いが紹介される。


「ご紹介します。神原大地ゲーム研究会からおいでくださいました、ARSプレイヤーの淵守ふちもりトーヤ選手とエンジニアの逆月さかづきミレイ選手です」


 どくん、と心臓が跳ねる。高屋氏が俺達の方を見た。それに促されるように座席から立ち上がり、ステージに取り付けられた階段を上がって壇上に登る。


 高屋氏の誘導で、俺達は端末が置かれたデスクの隣で並び、客席の方を向いた。


「お二人は先月千葉IT特区で行われたARSアルスの大会、STELLA MRISステラ・マリスに出場し、その息の合ったコンビネーションと高いシンクロ能で素晴らしいパフォーマンスを発揮しました。結果は惜しくも三位でしたが、そのプレイング技能は決して優勝者に劣らないものだと感じております」


 見ていてくれた人がいた。認めてくれた人がいた。大会とはまた違った緊張のなかで、ぼんやりとそんな考えが浮かんでは消えた。


「本日はプレイヤーとエンジニアのシンクロの好例として、お二人にここで模擬戦闘を行っていただきます。皆様にもぜひ、意識同士のシンクロの可能性を感じていただければ幸いです」


 高屋氏は装着したインカムをミュートにすると、俺達に話しかけてきた。


「お二人とも、セッティング、お願いします。私の合図でダイブインしてください」


「わかりました」


「その後はいつものように好きににプレイしてください。遠慮は不要です」


「了解っす」


 高屋氏は満足げに頷く。俺達はチェアに座ると、ダイブデバイスを装着した。


「それではさっそく実演をしていただきましょう!こほん、3、2、1、ダイブ・イン!」

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