21.出陣
俺とミレイは女性スタッフの誘導でホールの舞台袖で待機していた。会場の中でも小さなホールらしいが、ちらりと見えた客席は大学の大講義室より広い。100人以上は入れそうだ。
ざわざわと観客の声が聞こえる。地方大会にもかかわらず、それなりの人数が入っているらしい。
真っ直ぐステージを見る。真ん中にはゲーミングデスクとチェア。その上には端末とダイブデバイスが2台。デスクの前には衝立が立てられている。おそらくあれを挟んで同じものが相手側にも置かれているのだろう。
ステージの前方には巨大な観戦用のARスクリーンが投影され、今は控室のものと同じ映像が流されている。
「司会兼実況が呼びますので、その合図でご入場ください。入場された後は一旦デスクの前で待機してください」
「わかりました」
「はいっす」
その時はもう近い。舞台袖の薄暗さや独特の雰囲気もあって、緊張感が高まる。嫌な緊張ではない。身が引き締まる感じだ。例えて言うならそう、バンドをやっていた頃のステージ直前の、あの感じ。
「それではご入場いただきましょう!まずは神原大学ゲーム研究会!プレイヤー、
わっと会場が湧き立つ。俺達は中央のデスクまで歩いていくと、観客席に向き直って軽く頭を下げた。
逆月ミレイ。それがミレイのユーザー名だった。本来表に出ないエンジニアにアバターのような名前は必要ないのだが、大会に出るにあたってエントリーフォームに記入する必要があった。
「そしてブルームス!プレイヤー、
再び会場が湧き立つ。
今回の参加チームは全部で16。一応控室のタブレットで一通りその全てに目を通していた。今回の対戦相手はどうやら有志で集まったゲームサークルのようだった。
ブルームスの選手たちも中央にやって来た。ゲーミングデスクを挟んで向き合い、互いに礼をして着席する。
俺とミレイは顔を見合わせ、頷き合うと、それぞれダイブデバイスを装着した。
「それでは両者準備完了しましたので、これよりダイブインのカウントを行います!」
目を閉じた。司会の男性の声だけが聞こえる。客席は静かにその時を待っているようだ。
「スリー、ツー、ワン、ダイブ・イン!」
その声とともに意識が
目を開けた。
底に広がるのはどこか未来的な雰囲気の漂う闘技場のフィールド。開放空間ではあるが、要所要所にキューブや折れた柱など、障害物となるオブジェクトが置かれている。
対戦相手とはおよそ30mの距離で向き合っている。グレーのコートを纏い、長剣を構える相手。対するこちらは栖先輩が仕立ててくれたネイビーのレザージャケットを羽織り、刀を構える。
俺達のちょうど中央に浮遊する黒いキューブが現れた。
『両者ダイブイン完了です!これより再度カウントを行います。合図と同時に試合開始となります!』
キューブは実況者のアバターらしかった。おそらくあれは中継用のカメラの役割も果たすのだろう。
『準備はよろしいでしょうか?それでは参ります。レディー……ゴー!』
試合が始まった。
互いにじりじりと近づきながら、それぞれ相手の出方を窺う。
『いつもの調子で一気に攻めちゃってもいいと思うよ。もう解析終わっちゃった』
この超短時間で解析を終えてしまえるというのは、それだけ相手のエンジニアとの力量差が開いているということ。それはつまりエンジニアに支えられるプレイヤーの力にも自ずと影響してくる。
ならば。
両足に力場を生成する。その反発力を使って大きく右に、左に、また右にと、左右に跳躍を続けながら相手との距離を詰めていく。バネを履いている気分だ。
『淵守選手、凄まじい速さで相手を翻弄する!ついて来られるか坂角選手!』
もうすぐ相手の間合いだ。そのギリギリ手前で左右のステップから上方向の跳躍に切り替え、相手を飛び越える。
空中で一回転して相手の背後に着地した。今は背中合わせの状態。そのまま向き直りざま、片手で刀を横薙ぎに振るう。
相手は咄嗟に前転で回避しようとするが、こちらの方が速い
俺の刃が相手の背中を深く横に斬る感覚が手に伝わってくる。
浅かったか、と思ったがダメージはしっかりと入っていたようだ。ライフを削り切られた相手はそのままダウンした。
『WINNER!神原ゲーム研究会!圧倒的な勝利です!初参加とは思えない一方的な試合展開でした!』
控室のスペースに戻ってきた俺達。初戦は圧勝。特訓の成果が出たように感じる。
「おつかれえ!」
「お疲れ。良かったぞ」
嬉しさを抑えずぴょんぴょんと飛び跳ねる栖先輩。その隣で赤坂先輩は落ち着きながらも、喜びを抑えきれていない様子だった。
「ありがとうございます」
「いやー対人戦は楽しいっすね」
相変わらずのミレイ。俺は長机の上のタブレットを取る。改めてトーナメント表を見た。今回は前回優勝チームもエントリーしている。しかもトーナメントの比較的近い位置にいる。このまま勝ち進めばかなりの確率で当たることになるかもしれない。
不安を感じる。確かに初戦は上手くやれた感じがあった。だけど。
「自分自身と蔵識を信じろ。大丈夫だ」
タブレットと俺の顔を交互に見ながら、赤坂先輩が心を見透かしたようにそう言った。
その言葉に頷くが、不安は完全に消えてはくれない。だけどまずは眼の前の試合に集中しなければ。二回戦は30分後。
栖先輩が持ってきてくれた冷感シートを額に貼りながら、俺は気持ちを切り替えろと自分に言い聞かせていた。
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