20.その日

 ついに大会当日がやって来た。


 俺達四人は会場に向かう電車の中で、横並びに座っていた。俺はミレイと赤坂先輩に挟まれている。


 朝合流してから、いや実際はそのもっと前から、ミレイとは少し気まずい感じになっていた。丁度、あの日言い合ってから。それはプレイングに支障を来たすほどのものではなかったが、やはりもやもやする。


 その様子は先輩達にも伝わったようで、今日も会った時から二人とも心配そうな表情をしていた。


 別に喧嘩をしたわけじゃない。ただ互いの考えをぶつけあって、それが食い違っていたから、行き場のない感情を抱いているだけだ。とにかく、今は大会に集中しないと。


 千葉IT特区。駅から徒歩5分の位置にそのエリアはあった。VR、AR、そしてIRなどのいわゆるXR技術を扱う企業が招致されていて、さながら一つの街のようになっている。


 大会のルールや戦法のことを話しながら歩いていると、会場が見えてきた。一際大きいアリーナだ。ここでは普段学会や大規模なコンペ、企業イベントなどが開催される。


 入口の上には大きな横長のAR看板が浮いており、そこには『STELLA MARISステラ・マリス』と大会名がシックなフォントで書かれている。


「なんていうか、あれだな。緊張するな」


 赤坂先輩が言う。それはそうだ。これは公式大会なのだから。


「あんたが緊張してどーすんの。出るのは葦原クンとミレイちゃんなんだからね」


 すかさずすみか先輩がツッコミを入れる。


 自動ドアをくぐるとすぐに受付だった。赤坂先輩が代表者としてタブレットに必要事項を記入する。それが終わると首からSTAFFのカードを下げた男性が、俺達を控室まで案内してくれた。


 控室といっても個室ではなく、広い大部屋をパーテーションで細かく区切ってあるものだった。スタッフに連れられ、用意された場所に着いた。『神原大地ゲーム研究会』と印刷された上質紙がパーテーションに貼り付けられている。


 壁側に机のようなでっぱりがあり、ARSの端末とダイブデバイスが置かれている。そこに椅子が二脚。反対側、パーテーションにくっつくように長机が置かれ、そこにも椅子が二脚。向かい合うようにセッティングされていた。長机には水の500mlボトルが4本と、菓子の入ったケースが置かれている。


 俺とミレイは端末がある壁側に、先輩たちはパーテーション側に座った。


 今回の大会はトーナメント制。最低参加人数が3名以上ということもあって、どこもチームで参加している。大部屋なのも手伝って結構な喧騒になっていた。


「……さて。どうする」


 相変わらず緊張している赤坂先輩が、俺達の方を向いて言った。もしかしたらこの人が一番緊張しているんじゃないか。


「とりあえず試合開始まではまだ時間があるから、最終調整っすね」


 部屋の壁面に大きくARで投影されたスクリーンを見ながら、ミレイが言った。スクリーンには時刻、トーナメント表、協賛企業名なんかが映っている。試合が始まれば、おそらくこれでARSアルス内の戦闘を観戦出来るはずだ。


「やるか?」


「やろやろ」


 俺とミレイは頷き合うと、ダイブデバイスを装着した。



 人型エネミーのAIレベルは部室での特訓時より更に上げられている。大会の最終調整としては申し分のないくらいの緊張感だ。長剣を相手に日本刀で戦闘を続けている。


 鍔迫り合いの中、俺は踏ん張っていた軸足の裏に力場を集め、その反発力で刀ごと相手に体当たりをし、後方へ吹き飛ばす。


『準備完了!トリガー!』


『時間線、裁断』


 20m後方に吹き飛ばされた敵は、そのまま再び俺に向かって来た。時間裁断が発動しない。再び至近距離での打ち合いが始まる。


 今度は相手の剣圧にこちらが耐えきれず、思わず後方に跳び退いた。


『もっかい!トリガー』


『時間線、裁断』


 相手は止まることなく、追撃して来る。また不発。


 俺は意識を目の前の相手ではなく、自分の内側に向けた。線ではなく、点の連続。あの日ミレイが描いた図を思い描く。そう、俺が斬るのは敵ではなく、時間の連続体。


『いけるか』


『もち』


 相手との距離は10mまで迫っていた。


『――時間線、裁断』


 その動きが一瞬、止まる。一歩俺に近づく。また一歩、俺に近づく。その次の一歩、剣を振り上げ始める。そのまた次の一歩、剣を振り上げ切る。


 俺は刀を構えて再び軸足に力場を集め、それを蹴り飛ばして超加速した。コマ送りの敵に早送りで対峙する。左斜め上に振り上げられた長剣を視界の隅で捕捉しながら、完全に空いた右胴を狙って刀身を振るう。


『裁断、解凍』


 するり、と刃はエネミーの身体を通り、反対側から飛び出してくる。俺は柄を握る力でそれを止めると、再び構え直した。


 エネミーは倒れ、霧散していく。


『おつ。やっぱ6割ってとこかあ』


『連発すれば1回くらいは発動できそうな感じだけど』


『そんなことしたらまたぶっ倒れるって。やだよ、あたし』


『わかったよ』



 ダイブアウトした俺達は、しばらく作戦会議をしていた。時間裁断をメインにするのは危険すぎる。今まで培った剣術に身体強化を乗せて、いつもの高速戦闘を主とするべき。時間裁断は発動すればラッキーくらい。そしてなにより、この戦法でも勝機はゼロではない。


 それが俺達の出した結論だった。


「神原大地ゲーム研究会さーん。そろそろご準備お願いしまーす」


 先程案内してくれたのとは別の女性スタッフが、パーテションからひょっこり顔を覗かせながら声を掛けてきた。


「はい」


「はいっす」


 同時に返事をする俺とミレイ。


「いよいよだな……暴れてこい」


「ここで見守ってるからねえ」


「はい。やれるだけやってきます」


「おなじくっす。ベストを尽くしてきまーっす」


 俺達は先輩たちからそれぞれ水のボトルを受け取ると、控室を出た。外で待っていた誘導のスタッフについていき、本番会場へ向かう。


 本番はもうすぐそこまで迫っていた。俺の脳裏には、ミレイと初めて組んだ時の『好きなように、思うように暴れちゃえ!』という言葉が蘇っていた。


 好きなように、思うように。

 イメージを形にする戦いが、これから始まる。

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