19.暗雲

 大会まで2週間を切った。


『コードバックアップ準備完了!トリガーワードを!』


 ミレイの声が頭に響く。

 俺達は先日話し合った通り『時間裁断』の制御訓練をしていた。 


『時間線、裁断』


 意識が切り替わり、長剣を振り上げて向かってくる人型エネミーの動きが、コマ送りになる。俺は足元の力場の反発力を使って前方に超加速し、一気に自分の間合いまで距離を詰める。


 がら空きになった胴を狙って刀を倒し、横薙ぎに振るおうとしたその時だった。


 時間の流れが元に戻る。


 俺が急に至近距離に現れたことに一瞬驚いた様子のエネミーだったが、そのまま剣を振り下ろす。だが俺の方がギリギリ一歩速い。そのまま横薙ぎに刀を振るい、胴体を両断する。


 エネミーはMNDLメタ神経叙述言語特有の薄緑の光に包まれ、粒子となって消えていった。



 ダイブアウトした俺は部室中央のテーブルに向かい、スマートフォンのメモアプリを立ち上げてこれまでの戦闘で得た情報をまとめていた。


 ミレイもテーブルに向かっているが、すみか先輩のノートPCを借りて何か作業をしている。


 改めて整理する。

 現状での『時間裁断』の発動は、ミレイのバックアップがあったうえで、およそ6割程度。コードのおかげである程度自分の意思で発動できるようにはなってきているが、持続時間はまだ短い。もしこれ以上時間を伸ばせないなら、本当にここぞという時にだけ使うべきだ。


 そしてトリガーワードの設定は一応成功。槍を使った戦闘の時に言った『リコレクション・グングニル』と同じく、呪文の詠唱ではなく、引き金を引くための言葉。


 6割の成功率では、まだ必殺技として位置づけるのは難しい。引き続き制御訓練をしつつ、通常戦闘の修練も続けるのがいいだろう。


 正直俺は焦っていた。あと2週間もないのに、この状況。せめて成功率8割は欲しいところだった。すぐにでも特訓を再開したいが、時間裁断はやはり脳にかなり負担がかかるようだった。


 赤坂先輩は、これがあれば優勝も狙えるかもしれないと言った。その期待に応えられるだろうか。言葉が、期待が重くのしかかる。


「なあ、ミレイ」


「なあに」


 PCから顔を上げる。


 栖先輩は教授のところへ、赤坂先輩は企業面接へと、それぞれの用事で先輩たちはおらず、今日は部室に俺とミレイの二人きりだった。


「正直、現状かなりまずいと思うんだけど。発動率も持続時間も」


「んー、でもそれはやってれば伸びてくものだと思うけどなあ」


 意外にも楽天的だった。

 その楽観的な言葉が俺の焦りを加速させた。


「いやだって、もう2種間もないんだぞ!?ここから伸びるかどうかなんてわからないじゃないか」


「なんか弱気だね、トーヤ君。焦ってる?」


「焦りもするさ!『時間裁断』の制御に懸かってるんだから!」


「いやいや、基礎訓練もかなりしてきたんだし、通常戦闘だけでも既に相当だと思うよ。適性もぶっちぎりで高いわけだし、あたしもコード戦闘の練習してるし」


「……ミレイは楽観的だな」


「そういうトーヤ君は悲観的すぎ。必死になるのはわかるけどさ、度が過ぎてない?自分の価値が勝負で決まるみたいな風に聞こえるよ」


「……つ!」


 それは核心だった。今の状況ではない。俺の心の中の核心。ミレイの言う通りだった。俺は無価値な自分の価値が、ここでの実績で証明できると思っていた。ミレイはまるでそれが間違っているかのように言う。俺は何も言い返せなかった。ただ、ミレイに鋭い視線を向けることしかできない。


「あら、怖い顔。でも人の価値はそんな表面的なものじゃ決まらない。ていうかそもそも人生に意味なんてないから」


 あっけらかんと言ってのける。人生に意味がない?それは俺にとって最大の絶望だった。人生には何か意味があるはずだと、こんな自分にも意味があるはずだと、そう願っていたからこそ、ここまで何とかやってこれたのだ。


「人生なんて所詮、死ぬまでの暇つぶしよん。だったらさ、楽しんだもん勝ちじゃない?あたしはそう思うけどな」


「……違う。人生には、人の生にはきっと意味がある」


「ほう。その心は」


「もし意味がないなら、なんで人間は生きてるんだ?なんで社会は動いてるんだ?何かしら意味がなければそんなもの、成り立たないはずじゃないのか?」


 ミレイと俺の論は、きっと交わらない。それでも俺は言いたかった。


「確かにトーヤ君の言うことにも一理あるね。でもそれはキミの獲得した哲学であって、あたしのじゃない」


 ミレイはノートPCを閉じると立ち上がった。


「キミがどうして人生の意味とか人間の価値とか、そういう考えを得るに至ったか、キミに何があったのか、今はこれ以上訊く気はないよ。今はただ、お互いの共通の目標に向かいたい」


「……」


「それはキミの考えと矛盾しない。違う?」


「いや、違わない」


「んじゃ、そういうこと。トーヤ君の言う通り、残り時間は少ないけど、ベストを尽くそう。お互いにね」


 そう言うとミレイはバックパックを背負い、手をひらひらと振りながら部室を出ていった。


 すっきりしない、どこか重い気分が心を支配する。価値とか意味とか、そういうことをどうしても考えてしまう自分。それを真っ向から否定してきたミレイ。


 けれどベストを尽くす。それは確かにその通りだ。必死に割り切ろうと、頭を切り替えようとするが、もやもやは消えてくれなかった


 結局その日はそんな気分を抱えたまま帰宅した。

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