18.時間裁断

 大岩の大群が間合いに入った。まず目の前の一つを斜めに斬る。すぐにそれを押しのけるように次が来た。返す刀で両断する。次の岩までは少し間があるようだった。斜め上に跳躍する。


 目標はあくまでエネミー。岩の大群は足場にさせてもらう。飛ぶ岩に乗ると敵が斜め右下に見えた。跳躍しようとするが、その間に岩が割り込んで来る。


 俺は岩を斬りながら前へ飛ぶ。敵の背後を取りたかった。岩の飛ぶスピードは一定ではないらしく、タイミングを測るのが難しい。


 とにかく今は道を開くのに精一杯だ。

 魔物の周りを回る軌道を意識しながら、岩を縦に、横に、斜めに斬り裂きながら進む。徐々に意識体に疲労が蓄積されていくを感じた。


 俺が丁度敵の背後に回れたと思った、その時だった。

 凄まじい咆哮とともに、魔物が飛ぶ岩を砕きながら俺目掛けて跳躍して来る。


 刀を構えるが、ここまでの戦闘行動で脳疲労は相当に溜まっていた。今にも倒れそうだ。


 だが、ここで倒れてはだめだ。

 あの感覚を再現して、そして自分のものにしなくては。


 魔物は爪を立てた拳を突き出し、ミサイルのようにこちらに向かって来る。


 良く見ろ、良く見ろ、と意識する。


 意識はもう限界ギリギリだった。いつARSアルスの安全システムが働いて強制ダイブアウトさせられるかわからない。だが、今はだめだ、今は、今は。


 眼の前の敵の殲滅のみに意識を向けろ。


 その瞬間、意識が切り替わった。


 あの時と同じように、パラパラ漫画を一枚ずつ分解したかのように、相手の時間がバラけて見える。一瞬一瞬が長く引き伸ばされているような感覚。


 俺は右手を掲げて向かってくる敵に対し、左にずれてゆっくりと拳を回避した。


 そして最後に残った力を振り絞って刀を振り上げ、足元の力場を蹴って超加速する。瞬時に敵が間合いに入った。そのまま刀を振り下ろし、斬撃を食らわせる。


 時間が元に戻る。


『なんだあ!?今の!』


 岩の大群は消え、俺は加速の勢いのまま地面に叩きつけられ、ザザーっと滑って止まった。


『聞こえる?トーヤ君?聞こえる!?』


 珍しく本気で焦るミレイの声。


『あ、あ。いきてる、よ』


『今ダイブアウトするから。待ってて』


 俺は倒れたまま光に包まれ、青空に登っていった。




 現実空間へ戻ってきた俺は案の定、脳疲労で動くことがままならず、すみか先輩がロッカーから毛布を出して床に敷いてくれ、そこに寝かせてもらうことにした。


 傍らには、ミレイが持っていた頭痛薬と水のペットボトルも置かれている。


「さすがに無理させすぎだ。ちょっと反省しろ」


「はいっす。反省してます……」


 しおらしいミレイの声が聞こえてくる。


 30分ほど横になって、大分楽になってきた。起き上がって頭痛薬を水で流し込むと、俺は三人が座るテーブルの定位置についた。


「もう大丈夫なのか」


「はい。おかげさまで大分楽になりました」


「えっと、あの」


「……別に責める気はないし、怒ってもないよ」


「そっか。うん。ありがとう」


「いい雰囲気のところ申し訳ないんだけどさあ」


 栖先輩が声を上げる。


「さっきのアレ、結局なんだったの?」


「解析はしたのか?蔵識」


「したっす。今から説明するっす」


 ミレイがいつになく真剣な眼差しで話し始めた。


「あれは、トーヤ君の時間感覚の変容っす」


「つまり、敵や空間の時間に干渉してるわけじゃないってコト?」


「そっす。えーと」


 手近にあった紙とサインペンを取ると、ミレイは一本の線を引いた。


「普通、人間は時間を途切れのない一本の線として認識するっす。これは物理学とか色々絡む領域でもあるんすけど、とりあえずそういうもんだっていうことっす」


 次にミレイは線の下に、サインペンで点の列を作った。


「さっきのトーヤ君の時間感覚はおそらくこれっす。時間を線ではなく点の連続として認識する。だから相手の動きがコマ送りみたいに見えたんじゃないかって」


「どうだ、葦原」


「合ってると思います。俺の感じていることはだいたいそんな感じ。コマ送りとか、パラパラ漫画を一枚ずつバラけさせるみたいな」


「なるほどな」


「時間を細かく断ってしまうような、いうなれば『時間裁断』って感じの現象、いや技っすね」


「なるほどねえ。今回はここまで追い込まれてようやく発動したけど、これを意図的に操れるようになったら、これに勝る武器はないねえ」


「だな。それこそ優勝も狙えるくらいの」


 優勝。だがそれはまだ机上の空論の段階だ。あとは俺が『時間裁断』を使いこなせるようになれるかどうかにかかっている。


「さっきの発動で相当データは取れたんで、これを材料に色々作れるかもっす」


「俺は意識の切り替えというか、発動を制御できるようにします」


 俺とミレイがそれぞれに言う。


「よし、じゃあしばらくは『時間裁断』の制御に的を絞るぞ」


 おーという掛け声が、ゲーム研究会の部室に響いた。


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