17.見せてもらうよ

 ミレイの家で二人で鑑賞会をしてから数日後、俺達はいつものように部室に集まっていた。


 今はARSアルスの大会に向けた特訓、その休憩時間だった。部室の中央のテーブルを四人で囲み、雑談をしている。俺とミレイは二人で鑑賞会をしたことは先輩たちに言っていなかった。後ろめたいわけじゃないけど、なんとなく。


「あーでもほんとよかった。私じゃ葦原クンの潜在能力ここまで引き出してあげられなかっただろうからさ」


「それは、まあ。でもアバターの完成度はすごいじゃないですか。感謝してます」


「絵を描くのと3Dモデリングは趣味みたいなもんだからねえ。喜んでくれてなにより。私も嬉しいよ」


 いつものように机にぐでーっと突っ伏すすみか先輩。ボリュームのある髪も相まって、モップみたいになっている。


「特訓の方も順調そうだな」


「はい」


「はいっす」


 俺とミレイが赤坂先輩の言葉に同時に返事をする。


「高速戦闘の制御、私じゃ無理だわ。初めて葦原クンと組んだ時、物凄い動きしてたけど、あれもやばかったあ」


「物凄い動きっすか?」


「そそ、今二人がやってる空間とか力場を使った跳躍とは全然違う感じ。瞬間移動みたいだった」


「なにそれ!あたし聞いてないんだけど!」


 がたっと立上がるミレイ。


「それは確かに俺も初耳だな」


 全員の注目が集まる。あれだ。のことだ。


「初めてダイブして戦闘した時、戦闘中に何かこう、切り替わった感じがして」


 俺が話始めると、全員が静かになった。


「なんていうか、敵の時間が止まった?っていうか、敵の動きだけコマ送りになったっていうか。そういうことがあった、んです」


「なるほど」


「なあミレイ」


「ん、なあに?」


 立ち上がったままの姿勢で返事をする。


「これもARSアルスの機能とかMNDLメタ神経叙述言語の効果だったりするのか?」


「……」


 眉上のぱっつんだから、眉をひそめているのがよくわかる。これだけ怪訝な表情は初めて見た。何かに納得がいっていない。そんな雰囲気だった。


「前に蔵識が言っていた、葦原の『特異性』と関係あるのか?」


 助け舟を出すように、赤坂先輩が声を掛ける。


「もしかしたらそうかもしれないっす。トーヤ君、それって再現できる?」


 前のめりに聞くミレイ。


「……正直わからない。やってみないと」


「やろう、今、すぐ」


 ミレイは立ち上がったまま窓際の端末に向かうと、さっさとダイブデバイスを装着した。


「トーヤ君!は、や、く!」


「わ、わかったってば」


 その圧に負けた俺も端末に向かい、デバイスを着けた。

 ミレイがコマンドを入力し、ダイブインした。



 平らな石の地面がどこまでも続く風景に、青空。障害物のない開放空間。俺のもっとも得意とする戦場だ。


『正直あたしもキミの体験した現象が何なのか、見てみないことにはわからない』


『そう、だよな。俺もそうだし』


『だから再現して。ここで』


 その声と同時に、地面からエネミーが現れた。巨大な人獣型。ベヒーモスの亜種だろうか。その手に武器はないが、巨大な拳と鋭い爪はかなりの脅威に思えた。


 少し相手としてはレベルが高い気もするが、仕方ない。右手を広げ、日本刀を生成する。


 あの時の感覚。思い出せ。


 巨大な拳が振り下ろされる。それを回避し、死角へ跳躍する。


『刀の強化は』


『今回はおっけー」


 刀身が薄緑に一瞬光り、刀が強化されたことを教えてくれた。


 後ろに回り込み、斜め上を目指して跳ぶ。後ろから突きで心臓を射抜く作戦だ。だが空中にいる間に敵は上体を捻ってしまい、俺の刀は敵の肩に刺さった。


 抜こうとするが、発達した筋肉が刀身を押さえ込んでいるらしく、上手く抜けない。そのまま肩を振り回す敵。俺は刀の柄を必死に掴んでそれに耐える。


 動きが収まると、俺は柄を掴んでいた手の力と腹筋、背筋力を使って身体を内側に曲げ、両足を敵の肩についた。丁度岩から剣を引き抜くような、あの姿勢になる。その体勢で思い切り力を込め、今度こそ刀を引き抜いた。


 エネミーの身体を蹴り、後方へ一気に距離を取る。


 敵は俺の方に向き直った。今度は地に両手を突き刺すと、その地面を抉り取り、大岩のようになったそれを投げてきた。真っすぐ飛んでくる。


 刀を右斜下に構える。岩塊が間合いに入った瞬間、斜めに刀を振り上げ、両断する。と、両断した先には次の岩塊が飛んできていた。もう一度構え直す。今度は真上に刀を振り上げ、軸足に力を込める。一閃。岩塊は再び両断された。


『へいへーい。そんなんじゃ全然だめだめ。ちゃーんと見せてもらうんだからね』


 ミレイの声とともに、魔物が咆哮する。


 俺は愕然とした。前方から先程の岩塊と同じくらいの丸い岩が無数に飛んで来るのが見えた。岩の面攻撃なんて不条理にも程がある。


 回避は不可能。

 であれば、活路はただ一つ。切って落とすしかない。

 徐々に溜まり始めた脳疲労をごまかすように、俺は体勢を整えた。

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