13.模擬戦闘 Type : Arrow

 次に現れたのは、石造りの苔むした柱が何本も立つ、水鏡のような地面の神殿らしきフィールドだった。天井はなく、白い空が広がっている。


 対する相手は大斧を両手に携えている。


『今度はこれでやってみようか』


 左手を広げると、そこに弓が生成された。先程の槍での戦闘よりもさらに間合いの広い、正真正銘の遠距離戦闘武器。完全に未経験だ。


 だが、だからといって退くわけにはいかない。これは特訓。あらゆる状況を想定して、それに即応できる適応力を身に着けなければ。


 戦闘が開始される。


 俺の右手にミレイから矢が送られてくる。現実で弓術の心得はないが、アバターこの身体は動きを知っている。矢をつがえ、放つ。


 当然一射では届かない。大斧を盾にして簡単に弾かれてしまう。俺は次々と矢を生成すると、大斧に向かって矢の群を放った。面攻撃の圧力に押されたのか、相手の速度が少し落ちる。


 俺は足元の力場の反発力を使って、相手の左横の柱の上に跳躍した。すかさず矢を射る。動きの鈍い武器はスピードで翻弄し、隙を突いて必殺の一撃を叩き込む。それが俺の考えていた戦術だった。


 俺の放った矢は相手の右肩に刺さる。反射的に俺のいる方向に斧を振るうエネミー。斬撃が実体化して飛んできた。咄嗟に回避し、次の柱に飛び移る。


 今度は相手の背後だ。数瞬の間も置かずに矢を射る。相手の腰裏に刺さった。エネミーは斧を横薙ぎに振るう。再び実体化した斬撃が襲ってくる。回避。


 それを何度か繰り返し、相手の膝裏、左肩、肘に矢を当てることに成功した。だが総ダメージは大したことはなさそうだった。なにしろ決定打に掛ける。相手に矢は刺さっているが、牽制程度の効果しか発揮できていない。


 俺は柱の上から大きく跳躍すると、相手との距離を取って、水鏡のような地面に着地した。


 と、次の瞬間、相手が物凄い速さで加速してきた。俺の加速と同じくらいのレベルのスピードだ。慣れない戦闘スタイルということもあってか、冷静な思考は吹き飛び、焦りが脳内を支配する。


 そのまま接近したエネミーは斧を思い切り振り下ろす。地面に刺さった斧を起点に空間の全方位に向けて強烈な衝撃波が放たれた。


 俺はそれをもろに受けてしまい、弾き飛ばされた。何とか起き上がるが、アバターにダメージが蓄積されているのか、ふらついてしまう。


 衝撃波で舞い上がった塵が切り裂かれるように吹き飛ぶ。その中央では鉄球投げの要領で、エネミーが身体を軸に大斧を水平に振り回している。


『大丈夫かえー?』


『……まずい』


 連続戦闘で脳への負担もかなり掛かっている。


 竜巻のように回転していた敵は、俺に向かって斧を投擲した。跳躍を軽く凌駕する速度で大斧が真っすぐ飛んでくる。だが俺に残った力はもうあと僅かだ。


(良く見ろ……)


 斧が眼前に迫るギリギリのタイミングで、横に飛んだ。が、斧の周囲の空間も刃と化していたらしく、それはかろうじて回避したはずの俺の腹をざっくりと斬り裂いた。


 直接の痛みは感じない。だが切られた時の衝撃が脳を貫く。


『んー、ざんねん』


 こちらのアバターのライフが突きてしまったようだ。

 膝から崩れ落ちる。


 倒れた俺はダイブアウトの淡い光に包まれ、そのまま現実空間へ戻っていった。



「はい、これあげる」


 ダイブデバイスを外した俺に、ミレイがエナジードリンクの缶を差し出す。ありがたく受け取り、プルタブを開けて口を付け、勢いよく飲み始める。ジャンクな味と炭酸の刺激が口内に広がった。


 ぷは、と息をつく。


「お疲れさん。連続戦闘できつかったろ」


 赤坂先輩が労いの言葉を掛けてくれる。


「正直、かなり堪えました」


「実際の大会は試合間のインターバルがしっかりあるからな。そこは心配しなくても大丈夫だ」


「はい」


 エナジードリンクの缶を眼の前の端末の横に置き、ミレイを見る。珍しく難しい顔で腕組みをしていた。そのままの姿勢で話し始める。


「トーヤ君とあたしのバディの売りの一つは、やっぱ空間跳躍を使ったスピードだよねえ」


「そうだな」


 空間跳躍といっても二種類ある。一つは空間を踏み固めて地面のように蹴って跳ぶ方法。もう一つはMNDLで力場を形成し、その反発力と蹴る力を乗算して跳躍する方法。俺達は基本的には前者を、より速い速度が求められる場面では後者を使っていた。もちろん場面によって使い方は臨機応変に変えている。


「そのスピードは撹乱するっていうよりも、一気に間合いを詰めて決着するためのものって感じ」


「確かに」


「でも槍の使い勝手じゃトーヤ君の戦闘スタイルにはイマイチ合わない」


 それもその通り。結局最後は大技で決めてしまったし。


「んで、遠距離用武器での戦闘は多分苦手」


「だな」


 ARSアルスを始めて1,2ヶ月ほどだが、もろに致死ダメージを食らってダウンしたのはさっきが始めてだった。


「魔物型と戦ってる時はいつも圧倒してるし、あっちの戦法で行ってみる?」


 双剣と刀。

 それがAI相手とは言えど、どの程度通用するものなのか。試してみたい気持ちはあった。


「そうしよう。俺もそれがいいと思う」


「おけおけ。んじゃまずはちゃんと休憩して。鼻血出さないように!」


 ミレイはぴしゃりと言った。

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