11.名と姿
「はいそこ立ってー」
最初はのっぺりした画像の貼り合わせだったものが、AIによって加工され、ポリゴンが加えられ、ミディアムの髪の質感も含めて俺の姿になった。
「んー、あとはそうだなあ。どんな格好にするか」
PCに向かっていた栖先輩は俺の方を見ると言った。
「どんなのが好き?やっぱ黒コート?」
「どんな偏見ですかそれは……」
嫌いではないが何かこう、もっと効率的な感じが良かった。
「……ジャケット、とか。ブルゾンみたいな」
「ほう。質感は?」
「レザーで」
「色は」
「うーん……ネイビー、かな」
「おけい」
そういうとペンタブとキーボードを同時に操作しながら、みるみるうちにモデルを作り上げていく。黒のインナー、黒のパンツ、ミリタリーブーツに、丈の短いネイビーのレザージャケットを羽織った自分の姿が出来上がった。
「私的にはジャケットは赤とかが良いと思ったんだけど……まあそれはそれとして」
迷彩服のような戦闘用のコーディネートではないが、戦うために最適化されているように感じる。うん。現実で着るにはちょっと恥ずかしいかもしれないけど、電脳空間なら気にならない。
「おおーかっこいーじゃん。細身だからこういうの似合うねえ」
横からミレイがモニターを覗き込んで言う。
「栖先輩、ありがとうございます。気に入りました」
「よかったよう。後でカスタマイズも出来るから、気分変えたくなったら言ってね」
「あとはユーザー名だな」
「ユーザー名、決めなきゃだ」
赤坂先輩とミレイがほとんど同時に言った。
ユーザー名、アバター名は要するにハンドルネーム。好きなようにして構わないが、
急に名前を決めろと言われても、だ。悩んでしまう。ふと、配信者の日比谷エリスの名前が浮かんだ。彼女はどういう風にあの名前を決めたのだろうか。他のユーザー達はみんなどう決めるのだろう。
そこで思い至った。眼の前に一人、ユーザーがいるじゃないか。
「あの、赤坂先輩のユーザー名ってなんですか?」
「俺のか?見てなかったっけ?」
「はい。パーソナリティ情報は見ないようにしてたので」
「そうか。俺のはな」
「あ、えーっと」
栖先輩が割って入る。苦笑いを浮かべながら言った。
「先に言っとくね。私は止めた」
「なんだ、ヒヨリ。俺のユーザー名、そんなに変か?」
「変っていうか、厨二っていうか……」
小さな声でぽそぽそと呟く栖先輩。
「俺のユーザー名はな、『神田オルト』っていうんだ」
さーっと冷たい風が吹いたような気がした。栖先輩はだから言ったのに、と言わんばかりの表情で頭を抱えている。
「なかなかっすね」
「いいだろう」
「逆っす」
「な……蔵識まで……!」
がくりと肩を落とす赤坂先輩。とりあえず彼のネーミングは参考になりそうもないことはよくわかった。
「どうしようかな……」
「トーヤ君はトーヤで良いんじゃない?伸ばし棒でトーヤ。かっこいーじゃん」
本当にそれでいいのか?と思ったが、他にしっくりくる名前も思いつかない。ひとまずミレイの言う通り、下の名前は本名を少し変えて『トーヤ』にしてみよう。
あとは苗字をどうするか。ありきたりなのは嫌だった。かといって奇をてらいすぎているのもどうかと思う。俺は考えながら中央のテーブルの周りをぐるぐる回る。
ふと、本棚が目に入った。今まで全く気づかなかったが、引き戸が付いた、いかにも学校という感じのスチール製の本棚が置かれている。中には小説や先輩達の使っていると思しき専門書が詰まっていた。
その中で目を引かれた背表紙があった。
黄色と青が半分ずつの、見知った背表紙。作者はJ.Dサリンジャー。『ライ麦畑でつかまえて』だ。俺も高校生の頃に読んだことがある。ザ・キャッチャー・イン・ザ・ライ。ライ麦畑で崖から子どもたちが落ちないように捕まえる人。そんなものになりたいと言っていた主人公。そんな主人公に共感していた自分。
ふと思いついた。これを漢字二文字で表せば良いんじゃないか。
崖、溝、いや、淵だ。それを守る。
「あの、
「
栖先輩が下の名前とくっつける。
「え、めっちゃいいんじゃない?語呂も響きも好きだわ」
「あたしもさんせー!」
女性陣が湧き立つ。赤坂先輩は静かに俺の肩に手を添えて言った。
「お前、やるじゃないか」
「……ありがとう、ございます」
バディのアカウントはそれぞれアクティベートできた。俺のアバターもできた。ユーザー名も決まった。
「これで準備完了、だな」
いよいよ大会に向けた日々が始まるのだ。
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