10.アクティベーション
翌日、ゲーム研究会の扉を開けると、そこには
「お疲れ様です」
「おーおつかれえ」
「これは?」
「あーこれ?院試の勉強。あたし心理学の研究職目指しててさ」
「なるほど」
赤坂先輩もそうだが、大学3年ともなればもう進路を決めて、それに向かう時期なのだろう。1年の俺もきっと、あっという間にそこに行ってしまうのかもしれない。
栖先輩は一段落したから、と言ってテーブルの上を片付け、ノートPCを取り出した。
「ヒロトが言ってた大会のこと、ちゃんと調べなきゃね」
長い髪の隙間から覗く瞳が輝いている。
栖先輩がPCを弄りだした時だった。部室の扉が開いてミレイが入ってくる。
「ちゃーっす。おつかれっす!」
「おつかれえ。ミレイちゃん。もう学校には慣れた?」
「はいっす!もう友達もたーっくさん」
友達。その言葉に心のどこかがくしゃりとなるのを感じた。
「それはなによりだねえ」
「おーっす。お疲れ」
丁度良いタイミングで赤坂先輩もやってきた。
「ヒロト、大会の詳細、みんなで見ようよ」
「お。ああ、そうだな。そうしよう」
背負っていたバックパックを床に下ろしながら、赤坂先輩が言う。広いテーブルの一辺に全員が椅子を並べ、身を寄せ合うように15.6インチのモニターを覗き込む。
大会名は
戦闘ルールは銃火器以外であれば武器の使用は自由。これは昨今の銃規制問題を受けてのことだろう。
「参加条件は……3人以上のチーム。ゲーム研究会としてエントリーすればこれはクリアできるな」
赤坂先輩が言う。
今のところ問題はなさそうだ。
優勝者には賞金50万円と、副賞としてさらに上の大会のシード権が与えられる、とある。
「ご、ご、ごじゅう、まん、えん!」
栖先輩が声を上げる。全員が固まった。当然チームで参加する以上、全額が一人のものになることはないのだが、それでも学生にとってはあまりにインパクトのある額面だった。
「50万あれば部室の改装……新しいPC……」
「おい、落ち着けヒヨリ」
「そっす。問題はそれよりシード権っすよ」
ミレイが言う。上の大会と書いてあるが、詳細が書いていない。地域大会から地方大会に上がっていくようなものだろうか。運動部に入っていなかったから、このあたりの仕組みがよくわからない。
「上の大会……行き着く先はもしや、アルス・ノヴァ……」
「蔵識も落ち着け。アルス・ノヴァは世界最高峰の大会だ。さすがにこの地方大会から繋がっているとは思えない」
「うー。そうっすよねえ」
「お前ら浮かれすぎて見落としてるが、くそでかい問題があるぞ」
赤坂先輩が言う。俺は首をかしげた。ここまでは特に問題はなさそうに思えるが。
「プレイヤーとエンジニアのアカウントだ。公式大会なら当然本人のものが必要になる」
すっかり抜け落ちていたが、それは前提の前提だった。
そしてアカウントの譲渡は認証システム上も、規約上も、完全なる違反行為。これではそもそも大会に参加できない。
俺達が参加するには、新しくバディ分のアカウントを用意するしかない、のだが、ダイブデバイス本体より安価とはいえ、フルパッケージのゲーム1本分くらいの値段はする。今のゲーム研究会の懐事情を考えれば、それは厳しい相談だった。
「あ、あたし持ってるっすよ」
ミレイが手を挙げた。一斉に視線が集まる。彼女は横に置いてあったバックパックをかき回すと、正方形の黒く薄いケースを二つ取り出した。どちらにも
「こんなこともあろうかと持って来たっす」
「念のため訊くが、それ、どこで手に入れたんだ?」
赤坂先輩が怪訝な表情を浮かべる。
「もともとプレイしたくて買ったんすけど、買う予定だった肝心のダイブデバイスが手に入らなくて、そのまま未開封で眠ってたっす。そんでしょうがないからエンジニア用のほうも買ったんすけど、これもやってる暇がなくって、まだ未開封っす」
「えっと、アクティベーション前のものなら譲渡は規約違反にならない、よね?」
栖先輩が恐る恐る運営の公式Webページを見ながら言う。
「大丈夫っす。アクティベーションもしてないし、なんなら未開封っすから」
はいこれ、と言ってミレイは俺に片方のケースを差し出した。
「いいのか?」
「いいも何も。これがなきゃ大会出られないでしょうが」
俺は頷くと、パッケージを破り、ケースを開く。専用デバイスに接続するための小さな記録媒体がはめ込まれていた。
「んじゃ、アクティベーションしますか。いいっすよね、先輩方」
「あ、ああ。やってくれ」
「おっけーっす」
俺達は窓際の机に移動すると、眼の前のデバイスに記憶媒体を挿した。続いてダイブデバイスを装着する。
意識が切り替わり、何かのコマンド画面が視界いっぱいに表示される。凄まじい勢いで英数字のコマンドが流れ、画面が切り替わる。
『アクティベーション中』
『アクティベーション完了。ダイブアウトしますか?』
はい、と思考すると、意識が現実空間へ戻って来る。隣を見るとミレイがにこにこしながらこちらを見ていた。アクティベーションはとっくに終えていたらしい。
「ありがとう、蔵識」
赤坂先輩が心の底からといった風に礼を言う。
「いえいえ。眠らせておくよりずーっと役に立ってよかったっす」
「あとは葦原クンのユーザー名を決めてアバターを作らなきゃだねえ」
栖先輩が机の下の段からペンタブを取り出しつつ、言った。
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