第二章 それでも、と手を伸ばした

Never Look Back

 摩天楼のフィールドが現れる。その一際高いビルの上で、俺は対戦相手と相対していた。軍服のような出で立ちの相手が携える得物は弓矢。おそらくMNDLコード次第で様々な効果を持つ矢を射出できるのだろう。


 対するこちらの武器は手に馴染んだ日本刀。あまり分の良い勝負とは思えなかった。


『視覚強化を』


『りょっかーい』


 勝負開始の合図とともに、相手の手に瞬時に矢が三本生成される。それを素早く滑らかな動作でつがえると、こちらに射ってきた。コードによって強化された視覚が、その動きを追う。


 矢は途中まで三本揃って真っ直ぐ向かってきたが、途中で横二本が別れ、俺を囲むような軌道をとった。回避は上か、後方か。どちらにせよ、誘い込まれている感じがする。


 結局俺は上に回避する。下方では三本の矢が俺の居た場所でぶつかりあい、MNDLコード特有の薄緑の光を放って爆発する。


 空中を踏みしめ、次の手を考える。が、相手はそれを許さない。ビルの屋上から次々を凄まじい速度で矢を射ってくる。視覚強化のおかげでなんとか回避できているが、避けきれなかった矢が肩を、腕をかすめる。チリっとした痛みが脳に伝わる。


『これじゃ埒が明かないにゃあ。どうすんの?』


 近接戦に持ち込むしかない。そう判断した俺は即座に刀を構え、空間を蹴って相手の懐に向かって突き進む。


 と、相手が弓から手を離し、片手を上げた。その背後から夥しい数の矢が現れ、一斉に俺に向かって放たれる。まずい。面攻撃だ。


『アレイ6基解凍!』


 ミレイが瞬時に障壁を展開してくれたおかげで、矢で出来た壁に当たることはなかった。そのまま突き進む。


 相手の懐に入ると、刀を横薙ぎに振るう。すると相手は弓を使ってそれを受け止めた。疑似分子間引力を引き剥がすコードが付与されているはずの刀を受け止めている。


『解析できるか?』


『あちらさんに刀を解析されちゃったねえ。今その弓はで出来てる状態。だから切れない』


 火花を散らしながら打ち合いが続く。超接近戦では今持っている刀はいまいち取り回しが悪い。しかも相手もおそらく剣術のスキルが相当に高い。それを弓術と組み合わせた独自の戦い方をしている。さすがランカーだ。


 刀と弓が互いに弾かれ、俺達はそれぞれ後方へ距離を取る。


『短剣にする?』


『いや、たぶん俺の剣術じゃ敵わない』


『んじゃどうすんのよ』


『……試してみたいことがある』


 俺は遠距離戦に向いていない。そして得意なはずの近接戦闘でも今回は相手が上。ならもうあとはアイディア勝負しかない。俺は昔見たARSアルスのプレイ動画を思い浮かべていた。


 ビルの屋上は完全な平面。周囲にはもちろんがら空きの空間。俺なら、俺達ならやれるかもしれない。


 俺は水平に右に跳ぶと、何も無い空中に立った。


『時間裁断、たぶん、防がれるよ。相手のエンジニア、そのくらいはやると思う』


『わかってる。今は加速だけ頼む』


『ん、おけ』


 空間を蹴って走る。丁度正方形のビルの屋上を囲うように、円形に。


『指数加速、装填』


 そのスピードがどんどん上がっていく。相手も負けじと矢を物凄い勢いで射ってくるが、俺には追いつけない。


 見える景色は眼の前だけで、周囲はもはや引き伸ばされて何が何かよくわからない。だが、これでいい。もっと速く。もっと速く。俺の身体が強力な遠心力を生み、それによって今にも弾き出されそうになってきた。


 踏ん張りながら走る脚は、情けなく折れて砕けそうだ。


『ミレイ……あとどれくらいだ?』


『40、70、90、制御域ギリギリまで来た!』


 ミレイのMNDLスキルを持ってしてもアバターを制御しきれるギリギリの限界ライン。そのレベルまで俺は加速し、円運動を続けていた。


 相手の姿がどうなっているのか、もうわからない。その矢はとうに置き去りにしていた。


『エネルギー変換を!』


『おけ。コードアレイ全基解凍!物理干渉用意!』


 ミレイの全力のコードをもって、俺の円運動で生まれた強力な遠心力は重力へと変換される。


 俺はそのことを確認すると、円運動を止め、一気に敵の直上へ跳び上がった。あの頃憧れていたプレイヤーとまったく同じ動き。


 俺が走っていた円形の軌跡は今や光を歪める丸い重力源へと変わり、相手の矢など通用しない。


疑似・縮退回廊イミテーション・ブラックアウト


 天高く掲げた両手を思い切り振り下ろす。それと同時に球状の重力源は相手に直撃し、アバターを飲み込み削り取っていく。


 凄まじい轟音が響き終わった後、ビルの屋上には球状に抉れた跡だけが残っていた。


「WINNER!KAMBARA GAME CLUB!」


 ファンファーレが鳴り響き、摩天楼の街に花火のエフェクトが打ち上がる。

 俺は肩で息をしたままゆっくり降下していった。


『ふいー。なんとか勝ったねえ』


『さすがに無理しすぎたな』


『そりゃお互い様よ』


『まあとにかく』


 遠くには傾きかけた夕日。ビル群の窓がそれを反射してオレンジに光っている。


『勝ちは勝ちだな』


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